永遠(とわ)のほとり
第1章 カティガラの遊女
「……旦那。旦那!」
リズミカルに揺れる馬の背で、ジムサははっと我に返った。遥かに遠い故郷に思いを馳せるうち、いつのまにやら意識が飛んでしまっていたようだ。
声のした方を振り向くと、自分の馬の傍らを悠然と一頭の駱駝が歩いていた。
盛り上がったふたつの瘤のあいだに跨がった浅黒い顔の男が、皮膚の色とは対照的な皓歯を見せて笑う。
男は前方を指さし、陽気に声を弾ませた。
「旦那、カティガラが見えてきましたぜ。今夜は久しぶりに美味いもんが食えますよ。今まで通りすぎて来たような、ちっこい城市(まち)とは違いますからねぇ。隊商宿(キャラバン・サライ)だって豪華なもんだ。クリセ以来ですな、こういう賑やかな城市(まち)は」
「……ああ、そうだな」
軽く頭を振ると、ジムサは馬上で座り直し、荒地(ダシュト)の彼方に浮かび始めた淡い緑色の線に眼を凝らした。
城市を砂嵐から守る防風林の並木だ。
それを越えると、漢概用水路の張りめぐらされた農耕地が眼路いっぱいに広がっている。
灰色と枯色の単調な荒野を見慣れた眼には、滴る緑は眩しいくらいだった。ジムサは無意識に眼を細めた。
進んでゆくにつれ、城市(まち)を囲む城壁が次第に姿を現し始めた。干乾し煉瓦で造られた分厚い壁の向こうに、人々が暮らし、旅人が行き交う巨大な町がある。
ついにバークトリシュ王国領の最東端だ。ここから先は、小規模な城市国家が点在する広大な沙漠地帯。沙漠を越え、さらに東へ進めばそこはもうセレスの領土だ。
カティガラは、バークトリシュ王国とオアシスに散らばる都市国家群、さらには南のシンドとを結ぶ交易路の結び目にあたり、この地方きっての繁栄を極めている。
もちろん、王都の壮麗さとは比較しようもないが、それでも小さな独立国の王城よりも一州都であるカティガラの方がずっと立派だということは確かだった。その威容は、ジムサが数年前に訪れたときよりもさらに壮大になったように思えた。
あれは何年前ことだったろう。バークトリシュの傭兵として西へ向かう途中、ここに立ち寄ったのは……、五年、いやもう六年以上になるはずだ。
あのとき一緒だった仲間の半数は戦死した。後の半分は契約期間を終え、ジムサをバクトラに残してそれぞれ帰国していた。
作品名:永遠(とわ)のほとり 作家名:彩里美月



