永遠(とわ)のほとり
第8章 永遠(とわ)のほとり
扉を叩く音が聞こえてきても、ディアネイラは俯いたままでいた。王太子は何か言いたげに彼女を見たが、結局は黙ったまま出て行った。
扉の外からノゼアン――アダライトに呼ばれたミアザが、心配そうに母親を見上げる。ディアネイラはうっすらとにじんだ涙を押さえ、微笑んで見せた。
「……お外で遊んでらっしゃい。あとで迎えに行くわ」
ミアザは頷き、おとなしく部屋を出て行った。扉の閉まる静かな音を最後に、部屋は急にしんと静まり返った。
戸口に誰か立っていることは気配でわかったが、どうしても振り向けなかった。ディアネイラは戸口に背を向けたまま、かたくなに立ち尽くしていた。
やがて、ためらいがちな声が彼女を呼んだ。懐かしい、ジムサの声が。
「メイシャ……」
その声を聞いた途端、どっと涙があふれそうになる。くちびるを噛みしめて涙をこらえると、ディアネイラはピンと背筋を伸ばした。
「……メイシャは死んだわ。|荒れ地《ダシュト》をさまよい、そこで死んだのよ」
間を置いてふたたび聞こえた彼の囁きには、万感の想いがこもっていた。
「君は、生きているよ」
弾かれたようにディアネイラは激しくかぶりを振った。
「いいえ、死んだの! 私はメイシャじゃない、私は、もう……!!」
両手で顔を覆い、ディアネイラは声にならない慟哭を噛み殺した。静かな足音が近づき、背後からディアネイラの手をそっと包んだ。
背中に感じた温もりに茫然としていると、まるで魔法のように自分の指にラピス・ラズリの指輪が戻ってきていた。
言葉をなくしたディアネイラを、ジムサは背中からぎゅっと抱きしめた。許しを請うような囁きが、耳元を優しく撫でる。
「帰って来たよ、メイシャ。長いあいだ待たせてごめん……」
息が止まりそうだった。
驚きではなく、あふれだすような喜びで――――。
それでもディアネイラは棒を呑んだように立ち尽くしていた。
「……わ、私……、私……は……」
「サイラムがセレスに攻められたことは、殿下から聞いたよ。君が生きていてくれて、本当によかった……」
がくがくと首を振り、彼女は萎えそうになる声を必死に絞り出した。
「わ、私……、セレスの兵に……お、襲われて……、それで……」
ジムサは彼女を抱く腕にいっそう力をこめた。
「君は悪くない。君のせいじゃないんだ」
作品名:永遠(とわ)のほとり 作家名:彩里美月



