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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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第9章 新たなフィールド


 ――魔都エデンに行こうと思う。
 その炎麗夜のひと言で新たな旅がはじまった。
 黄金の猪フレイに乗って海岸線をひた走る。
 まずは流れ着いた場所を知る必要がある。人里というのは、資源のある場所に自然とできる。海沿いを進んでいれば、いつかは漁村に着くというのが炎麗夜の考えだった。
「アバウトな……」
 正直な感想をケイは漏らした。
「無闇に爆走するよかマシだろう?」
「そりゃそーですけど……そーゆーアバウトさが方向音痴の原因じゃ?」
「アバウトじゃあなくて自由奔放なのさ」
 そんな大きな胸を張って言われると説得力が増してしまう。
 魔都エデン――この世界に来て、右も左もわからなかったケイが決めた目的地。そこでめぼしい情報が得られるとは限らないが、今だってなにも手がかりがない。
 ケイの目的は自分がいた世界へ還ること。
 そのことを知らない炎麗夜だったが、このことは覚えていた。
「そういや、前に魔都エデンに行きたいって言ってなかったかい?」
「大都市だったら情報もいっぱい集まるんじゃないかなって」
「なにを調べたいんだい?」
 前に打ち明けようとしたときは、言えずに終わってしまった。
「じつは……信じてもらえないかもしれないんですけど」
「乳友の言うことならなんでも信じるよ」
「べつの世界……もしかしたら過去から、とにかく違う世界からこの世界に来ちゃったんです」
「は?」
「やっぱり信じてもらえないですよね」
「そうじゃないよ、あまりにも突拍子もない話だったもんだから、理解するのに時間がかかっただけで、もっと詳しく教えとくれ」
 ケイは炎麗夜に出会うまでのことを事細かく話して聞かせた。
 加えて自分の世界のことも参考までに聞かせた。つもりだったが、こちらの話の方が炎麗夜は興味があるようで、いつの間にかこちらの話で盛り上がってしまった。
 ケイの世界の話をだいぶ聞いたころ、炎麗夜はつぶやくように言ったのだ。
「良い世界じゃあないか」
 それはケイにとって新鮮な響きだった。
 当たり前が当たり前ではなくなった世界に来て、その言葉をケイは心から理解することができた。
「そうですね……人が死ぬの間近で見たの、この世界に来てからがはじめてです。あれからなんかずっと、心が重たくて」
「おいらは数え切れないくらい見たよ。魔都エデンで巨乳狩りがはじまって間もないころが、本当の地獄だった」
「住んでたんですか?」
「一時期ちょっと滞在してただけさ」
「街に入るのすごくチェックが厳しいとか聞きましたけど?」
 ケイはあの村で出会った娘の父親を思い出した。
 たしか下手をしたら、投獄や殺される可能性もあると語っていた。
 炎麗夜は首を横に振った。
「簡単だったよ」
「そーなんですか?」
「なんでも屋シキに助けてもらったからね。シキと出会ったのも、それが切っ掛けさ」
 あのアカツキや、モーリアンやマッハにも勝ったシキ。
 砂浜での決闘で炎麗夜もアカツキを圧倒していたが、あれはアカツキが本調子ではなかったのは明らか。ベヒモス艦内でのアカツキはあんなものではなかった。
「シキさんって変な人ですよね」
「変というか、得体の知れないところがあるね。魔都エデンに入るのだって本当は簡単なことじゃあない。ベヒモスを奪ったときも、シキがほとんどひとりでやったようなもんだよ」
「すごい人なんですね。エロイですけど」
「そういうケイもシキに襲い掛かったときは激しくエロかったぞ」
 言われて思い出してしまったケイは、少し顔を赤らめながら反省した。
 熱くなった頬を炎麗夜の背中に押しつけ、ケイはフレイの背で揺られた。
 しばらくすると、炎麗夜が遠くになにかを見つけて指差した。
「人里だ、きっとあれは漁船だ」
「えっ、よかった無事に里についたんですね。安心したらお腹すいちゃいました」
「おいらも腹ぺこさ。なんか食料分けてもらう代わりに、仕事の世話でもしてもらおうかね」
「働かざる者食うべからず……か」
 ぐぅ〜とケイのお腹が鳴った。

 煌びやかな法衣を身に纏った少女がバルコニーに姿を見せると、熱狂的な民衆がのどが焼けんばかりの声を張り上げた。
「都智治様!」
「どうか我々をお導きください!」
「もっと俺たちの生活を豊かにしてくれ!」
 飛び交う声を浴びながら、都智治は無表情のまま手を振り、しばらくすると奥の部屋へと消えた。
 民衆の眼がなくなった途端、都智治は嫌そうな顔をして宝冠を投げ捨てた。
 慌てて付き人が王冠を床に落ちる前に受け止める。
 そんなことにも構わず、都智治はそそくさと歩いていく。
「愚民どもがっ。こんな退屈なこと、いつまで続けなきゃいけないの!」
 怒りを吐く都智治の前に、車椅子に乗った紅い影が現れた。
「貴女が望んだことでしょう?」
「ヴィー!?」
「どうしたの、わたくしがいると羽根が伸ばせないかしら?」
「だってクレーターの調査に出かけてるって、三日は帰らないハズじゃなかったの?」
「出かけることを取りやめたのよ」
「なにかあったの?」
「貴女の知らなくていいことよ」
 言われて都智治はマダム・ヴィーを睨みつけた。
「これじゃ私ただのマリオネットじゃない!」
「そうよ、貴女はわたくしの操り人形。はじめからわかっていたことでしょう。嫌なら幕を下ろしなさい」
「……くっ」
 あれほどまで歓声を浴びていた都智治。
 だが、この女を前にしては、口を噤むしかなかった。
 ルージュが妖しく微笑んだ。
「貴女は望んでいた魔都エデンの権力者である都智治の地位を得た。人々は盲目に貴女を羨んで崇拝しているわ。貴女は人々の上に立ち、人々を支配している。それだけじゃ不満かしら?」
 都智治はなにも言い返さなかった。
 マダム・ヴィーの横を擦り抜け、自室へと向かう。
 だが、その途中で急に倒れた。
 慌てる付き人たち。
 凜とした侍女がいち早く都智治の横に膝を付き、手を大きく振って来る者を払った。
「お下がりなさい。神託の兆候です」
 都智治の瞳は開いているが、なにも映っていない。
 愉しそうにマダム・ヴィーが艶笑を浮かべた。
「前回から早いわね」
 淡く輝く都智治の躰がふぅっと浮いた。
 瞳を閉じた都智治が、玲瓏な声音で御告げを詠みはじめる。
「歴史は繰り返す。復楽園を求め神の子は荒野を彷徨い辿り着く。あの空へと頂く塔は栄光と破滅の象徴」
 都智治は輝きを失い、床に落ちた。
 床に落ちた少女などマダム・ヴィーは興味を示さない。
 車椅子を走らせながら、マダム・ヴィーは独り言をつぶやく。
「失楽園による喪失、復楽園による回復。楽園を喪失して、今も夢見ているのは果たして何者かしらね。?彼ら?の夢はいつしか、人間の夢にもなっていた。魔都エデンはまさに楽園の回復だけれど、あちら側の?彼ら?からすれば……まずはこの線から〈Mの神託〉にアプローチしようかしらね」
 マダム・ヴィーが奥の部屋へと入ると、三つの影が現れた――バイブ・カハだ。
「あら、ご機嫌よう。生きていたのね、ベヒモスは未だ消息不明だけれど」
 口元からだけではマダム・ヴィーの機嫌を伺うのは難しかった。
 膝をついているモーリアンが頭を下げた。