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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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リューク国立病院の怪異1


「ルーファス伏せろ!!」
 カーシャの声に合わせて、ルーファスは潰れたカエルのように伏せた。
「カーシャどうにかしてよぉ〜」
 地面に這いつくばるルーファスの視線の先には、魔導学院の長い廊下と、空色の物体エックスがいた。
「ふにふにぃ〜」
 空を漂う羊雲のような声を発したのは、空色ドレスの変人――クリスチャン・ローゼンクロイツだった。
 しかも、なぜか頭に猫耳がついている。
 もうひとつおまけに、しっぽまで生えている。
 その姿はまさに猫人間、略して猫人。
 ローゼンクロイツの無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
 次の瞬間、ローゼンクロイツのお尻から生えているしっぽが、何メートルもの長さに伸びたり縮んだり、ゴムのように、鞭のように、蛇のように、魔導学院の廊下を縦横無尽にうねった。
「ひゃっ!?」
 情けない声をあげたルーファスの頭上をしっぽが掠めた。しっぽが掠めたルーファスの頭は、髪の毛がなぜか逆立ってしまっている。
「カーシャ、感電死する前に逃げようよ(……って)」
 カーシャがいたはずの場所には桃色ウサギ人形と置き手紙があった。
「マジでーっ!?」
 思わず声をあげるルーファス。
 逃げられた。
 ルーファスの位置からは手紙の内容を見ることはできないが、彼にはだいたい予想がついている。
 ――すまん、電流は苦手だ。
 とでも書いてあるのだろう。なんせ、カーシャはなにかと苦手なモノが多い女だ。とにかく、なんでも苦手にして逃る。きっと逃げるのが趣味に違いない。
 一本しかないはずのしっぽが何本にも見え、とにかくそこら中を勝手気ままに飛び交う。これこそ、ローゼンクロイツの必殺技のひとつ『しっぽふにふに』だ。
 その『しっぽふにふに』の厄介な点は、しっぽに高圧電流が流れている点だ。しっぽに流れている電流の電圧は、ローゼンクロイツの気分しだいで、強くも弱くも変わる。つまり、運がよければ肩こり解消、運が悪ければ丸焦げご臨終ということだ。
 騒ぎを駆けつけて、魔導学院の黒尽くめ教員が駆けつけてきた。
「騒ぎの元凶は誰だ!」
 黒尽くめ教員――ファウストの視線に乱れ飛ぶしっぽと、その根元にいる空色ドレスの猫人が飛び込んできた。
「ローゼンクロイツの猫返りか!?(クク、厄介なことになったな)」
 ファウストの言う『猫返り』とは、猫耳にしっぽが生えたローゼンクロイツのことを示している。この猫返りは一種の発作であり、猫返り時のローゼンクロイツは記憶がぶっ飛び、トランス状態になる。つまり、手に負えなくなる。
 性格がひねくれていることを覗けば優等生のローゼンクロイツ。性格がひねくれてるのに、『優等生なのかよ!』というツッコミは置いといて、とにかく猫返りをしてるローゼンクロイツは、大問題児の破壊者と化す。
 ふにふにしていたしっぽの動きが止まった。
 ファウストがいち早く動く。
「来るぞルーファス、デュラハンの盾!」
「えっ!?(な、なにが?)」
 目を丸くするルーファスは脳ミソをフル回転させて、現状を分析した。
 まず、ファウストは高等呪文ライラによって、防護シールドを作り出した。
 とか、分析して間に来ちゃったりした。
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「ふわふわぁ〜」
 ――来た。
 ローゼンクロイツの『ねこしゃん大行進』だ!!
 空色ドレスから放出される大量のねこしゃん人形。それは止まることなく、二足歩行で魔導学院の廊下に広がる。廊下を走っちゃいけませんなんて、このねこしゃんたちはお構いなしだ。
 ねこしゃんが放出された直後、いろんな場所から爆発音が聞こえてきた。
 煙に巻かれながら、ルーファスはむせ返る。
「げほげほっ(ねこしゃん大行進が来るなんて……)」
 『ねこしゃん大行進』とはカーシャが名付け親である猫返り時のローゼンクロイツの魔法だ。
 この魔法は身体から放出される大量のネコのお人形さんたちが、二足歩行で勝手気ままに走り回り、何かにぶつかると『にゃ〜ん』と可愛らしく鳴いて、手当たり次第に大爆発を起こす無差別攻撃魔法である。
 二足歩行のねこしゃん人形がランダムに走り回り爆発を起こしていく。爆発が爆発を呼ぶ最悪な状況だ。
 猫返りしてしまったローゼンクロイツには、人間の言葉が通じない。そのうえ、意味不明な破壊活動を行う。ある意味、最強最悪の状態なのだ。
 爆発に紛れて、一匹のねこしゃんが地面に這いつくばるルーファスの元にやってきた。
 ねこしゃんと目が合ったルーファスの思考一時停止。
「ストップして!」
 猫語で言えば止まってくれたかもしれない。
 しかし、ルーファスは猫語を知らなかった。
 そして、にゃ〜んといっぱつ大爆発!!
 白煙といっしょにあたりは真っ白の世界に包まれたのだった。

 日差し柔らかな正午前、一人の患者[クランケ]がリューク国立病院に担ぎ込まれた。
 ――ルーファスである。
 爆発に巻き込まれる寸前、ルーファスは魔法壁で身を守ったが、それでも全身に細かい擦り傷を負い、軽度の火傷も数箇所、右脚の骨折。そして、爆風に巻き込まれ、頭に大きなたんこぶをひとつ作って気絶した。
 魔法処置で外傷はほぼ完治したが、骨折の治療には少し時間がかかるようで、2日間の入院が決められた。
 副院長の計らいで、ルーファスには個室が与えられ、現在ルーファスはスヤスヤと寝息を立てて深い眠りに落ちていた。
 幸せそうな顔をして眠っているルーファスに忍び寄る黒い影。その者の全身は本当に黒かった。黒い薄手のロングコートを羽織っているのだ。
 黒い影から伸ばされる青白い手。
「まだ麻酔が効いているようだな」
 低い男の声を発した唇は、真っ赤な薔薇のように色鮮やかだった。
 青白い手がルーファスの首筋に触れた。その瞬間、氷にでも触られたような感覚を覚えたルーファスが飛び起きた。
「ひゃ!?」
 奇声をあげて上体を起こしたルーファスと男の視線が合う。
「おはよう、ルーファス君。目覚めはいかがかな?」
 低い声でボソボソしゃべる男の言葉を理解するのに、ルーファスは数秒を要した。
「(……ここは、病院か)あ、おはよう、ディー」
 ディーと呼ばれた男は静かに微笑み、近くにあった椅子に腰掛けた。その間もディーはルーファスから視線を外そうとしない。ちょっと妖しい視線だ。
「君の負った外傷はすべて完治させておいた。脚の治療には少し時間を有するので2日間入院してもらうが、いいかね?(できれば、もう少し入院してもらいたものだが)」
「入院ですか?(まいったなぁ、再追試があるのに)」
 ルーファスは『これでもかっ!!』といった感じで包帯グルグル巻きにされている自分の脚を眺めた。脚は器具によって吊り上げられ、ベッドから身動きできない上体にされている。
 このとき、ルーファスはとても嫌な予感がした。
「あのぉ、外傷は治したんだよね?(なのに、なんで脚が治ってないの?)」
「ああ、君に外傷は似合わんからね」
「…………(またかぁ)」