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こころ語り

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時間通りにあなたはここに来る、私がいるこの場所に。
 挨拶もなく、静かにこちらを見据えながら歩いてくる。私もあなたの存在を知覚するだけで声をかけることなんてない。
 目の前には小さな盃が一つ。私の小さな掌に収まる透明な盃。注がれる物を零さず、一時的にその場に固定化し、可視化する。すでに中には半分ほど入っており、盃の奥底から小さな気泡が断続的に浮かび上がっている。
 いつも通りあなたは私の前に座り、懐から鈍色の小瓶を取り出す。厳めしい風貌からは想像ができないほど繊細な手つきで注ぎ口の栓を取り外し、中の液体を恭しく盃に注いでいく。
「今日はどうだったの」
 私は注がれた琥珀色の液体を覗きながら、いつもの質問を投げかける。
「いろいろさ、本当に」
中身を注ぎ終えた小瓶を机に置き、徐々に小さくなっていくあなたは視線を切ってしまう。
「そう、今日も一日お疲れ様」
 小さな盃に手を伸ばし、一息に半分ほど飲み込んで盃を置く。
あなたは盃に残った液体を飲み干し、視線を上げる。
「そっちは、どうだったの」
 ふぅ、と吐き出した吐息と一緒に投げ出された言葉を受け取り、分かり切った答えを返す。
「それを決めるのは私たちさ」
 何を今さらと、呆れたように言い返される。
「それもそうか」
「そうよ」
 大きな影と小さな影はお互いの顔を確かめながら小さく肩を揺らして笑みを浮かべる。
「悩んでいたって止まれない」
形の良い顎を支えるように頬杖を突きながら。
「たくさんの思い出を押しとどめる事は出来ず」
盛り上がった肩をぐるりと回し。
「数多ある出来事から何かを選定しなければならず」
 小さな指先が机をノックする。
「その行く末まで見守っていく」
 見開かれた目線は遠くを見据える。
「あぁ、だから。」
「私がいて」「俺がいる」
 どちらともなく、発した言葉はやはりというか、重なった。
「それじゃ、また」
 机の小瓶を手に取り懐にしまい、俺は立ち上がる。
「えぇ、また」
 小さくなってしまったあいつは座ったまま視線だけで見送りをしている。
 一日の終わり。変化は劇的に。それでも変わらないものがある。
作品名:こころ語り 作家名:綿崎 実