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短編集58(過去作品)

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皮肉な関係



                 皮肉な関係


――自分のことを誰も知らない街で暮らしたい――
 そんな思いを抱く人は少なくはないだろう。しかし、実際にそんなことが可能だと思う人はその中でどれだけいるか分からない。そして、さらに本当に実行する人がいるかどうか、疑問であった。
 柏木美弥子は、実行した。暮らしていた田舎街を出て、思い切って都会へと向ったのだ。
 都会がどんなところであるかということは、話には聞いていたが、どれほどのものかは、実際に暮らしてみないと分からない。
 ただ、元々の育ちは都会だった。都会から田舎に住み替えたのも、事情があってからのことだが、それを知っている人は少ない。ましてや、田舎で暮らしている時の美弥子が、それ以前の過去を知られるわけはないと思っていたのだ。
 実際に田舎で暮らした一年間というもの。誰にも知られることなく過ごしていた。
 人との交流がないわけではない。仕事の関係上、どうしても男性と接しないわけにはいかず、ただ、接した人たちの中に彼女を知る人が居なかっただけだ。
――考えてみれば、いるはずもないか――
 もし、いるとすればかなりの確率だった。それまでの美弥子を封印し、こちらに移り住んでからは、生まれ変わったかのように過ごしていたのだ。
 いや、生まれ変わったというよりも、死んでいたと言った方がいいのかも知れない。もし、生まれ変わったという表現を使うならば、これから先の人生はさらにまた生まれ変わることになる。
 というよりも、生まれ変わって、元に戻るとでもいうべきか?
 いや、それも違っている。もう、元には戻れないのだ。一旦変わってしまった人生、元に戻ることはできないことは最初から分かっていたはずだ。それを元に戻ると感じるということは、まだ、美弥子は過去を振り切ることができないでいるに違いない。
――未練がましいということかしら――
 それも少し違っている。
 一旦振り切った過去のはずだった。確かに、ここでの一年間は、過去の自分を封印し、間違いなく、生まれ変わった美弥子だった。誰も知らない土地で生活し、過去の自分を知られることに怯えを感じながらの生活だった。
――私は自分を捨て。女を捨て、そして、人生を捨てたんだ――
 とでも思わなければやってられなかった。
 女を捨てはしたが、オンナを捨てたわけではない。オンナを捨ててしまっては、美弥子は生きていくことができなかった。
 東京の下町で育った美弥子は、活発な女の子だった。寂しさなど微塵も感じることもなく、あまり裕福といえる家庭ではなかったが、両親に囲まれて、楽しく育ったといってもいい。
 友達もたくさんいた。もし、下町でなければもっとおしとやかになったかも知れないが、友達のほとんどは男友達で、皆と表で遊ぶことが多かった。
 男の子でも、中にはあまり表で遊ばずに、家でゲームばかりしている連中もいたが、そんな連中が極端に嫌いだった。
 美弥子の性格はハッキリしていた。
――好きなものは好き、嫌いなものは嫌い――
 これが美弥子の性格である。
 さすが下町、駄菓子屋が残っていたり、表で遊ぶにしても、空き地には困らなかった。中途半端な距離に副都心の高層ビルが立ち並んでいるという一種異様な光景を、何の違和感も感じることなく遊んでいた。下町っ子ならではではないだろうか。
 男の子となかり遊んでいたのを、両親はあまり気にしていなかった。
 それは少なくとも小学校を卒業するまでで、中学に上がる頃になると、少し気になり始めていたようだ。
「美弥子、何か習い事でもしたらどう?」
「何かって?」
「そうね、お茶や、お花なんかいいんじゃないかしら」
 少し驚いた。
 確かに同じ中学の女の子で習い事をしている友達は結構いたりしていた。しかし見ていて、そんな女の子たちの雰囲気は全体的に暗い。習い事に行くことを少なくとも喜んでいるわけではないようだ。しかも別に嫌がっているわけでもない。言われるがままに行っているだけにしか見えなかった。もし、言われるがままに行っているから暗く見えると思わなかったら、絶対に習い事などしなかっただろう。美弥子は、いろいろ考えたが、習い事をすることに決めた。
「お花、やってみようかしら」
 これには薦めた母親も少しビックリしていた。しばらく渋られることを想像し、どのように説得しようかを考えていた矢先だっただけに、拍子抜けしたに違いない。
「そう、決めてくれたのね。じゃあ、お母さんが手続きしておきますね」
 習い事はそれからすぐに始まった。男友達のほとんどは、美弥子の習い事に一瞬ビックリしていたが、
「美弥子も女の子だもんな」
 と言って納得してくれたものだった。
 その時の男の子たちのほとんどは、学生服にニキビ面、成長期の男の子の雰囲気そのままだった。
 小学生の頃、男の子たちと遊んでいた頃の自分を鏡で見ると。
――男っぽいな――
 と思っていたが、セーラー服を着て、三つ編みにした姿を鏡で見れば、
「これ、本当に私?」
 と思わずにはいられない。鏡に写っている正真正銘の自分に、女でありながら見とれていたのは、それまで男の子っぽかったことを表わしている。
 自分が男だったら、きっと好きになるタイプだと思ったのである。
 何とも複雑な心境であろうか。そのことを美弥子は少し気にしていた。自分の中に男っぽさがあることよりも、成長していく自分が気になってしまうことである。
 女の子なので、鏡を見ないわけにはいかない。そのたびに、鏡に写る自分を見て、ドキドキしていた。まるで恋人にでも出会ったような悦びである。
 だが、鏡から目を離した瞬間、激しい後悔が美弥子を襲う。
――見なければよかった――
 見てしまいさえしなければ、自分に見とれることもない。見とれる行為が、恥ずかしいことだという意識がなく、なぜ見とれてしまったことを後悔するのか分からなかった。まだ、完全に女としての意識が植え付けられていなかったのかも知れない。
 お花を習おうと思ったきっかけはそんなところにあった。
 恥ずかしいという感覚はなかったのだが、自分が男性っぽい性格が抜けていないのは分かっていたので、女性っぽさを植え付けるしかないと思っていた。無理に男性っぽい性格を押し殺してしまったとしても、そのあとに残るものがなければ何にもならないからである。
 お花の教室は思ったよりも厳しかった。
 だが、美弥子のいいところは素直なところで、納得の行かないことには反発するが、納得さえすれば従順であった。
 受け入れるところはしっかりと受け入れる。しかも頭がいいので、理解も早い。そして男の子とよく遊んでいた経験から、身体で覚えるのも早かった。
「柏木さんは筋がいいですね」
 先生からとく褒められたものだ。
 誰もが褒められると悪い気はしないものである。しかし美弥子の場合は、褒められれば褒められるほど、成長していく。おだてに弱いところがあった。
「おだてられて実力を発揮するという人もいるけど、本当の実力は、おだてられて出すものじゃない」
 と、言っている人がいた。
作品名:短編集58(過去作品) 作家名:森本晃次