小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ひょっとこの面

INDEX|3ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

03.訪問



 美術展における、ひょっとことの出会いから数日後。私は、受付の職員から知りえた作者の情報を頼りに、東京近郊の住宅街をうろついていた。

 私がそのとき知りえた情報は、作者の名前と住所だけだった。製作者の名前は、新山 丈吉(にいやま じょうきち)。住所は都内の某住宅街。アパートメントの名称と号室が書かれているところをみると、借家での暮らしと思われた。
 うだつの上がらない三流記者とは言え、私も面の世界で長いこと飯を食っている。しかし、その私ですら、新山の名を聞いたのは初めてだった。年齢を聞いていないので若手かどうかはわからないが、アパート暮らしから察するに恐らく燻っている立場だろう。
「俺が、こいつを掬い上げてやる。お前のひょっとこで、今のつまらない面の世界と、そこにのさばる労害共を木っ端微塵にしてやろうじゃないか。お前はその面で、俺はこの文章で、それぞれ面業界の頂点に立ってやろうじゃないか」
心中にそんな意気込みをみなぎらせながら、電信柱の住所の表示と手元のメモとを見比べていた。

 ややあって、目的のアパートを見つける。脇の急な階段で二階に上がり、新山の家と思われる号室の前に立つ。あからさまに生活臭が漂う佇まい。蹴りを入れればそのまま破れそうなドア。表札を入れる箇所には何も入っていない。
 この先に、本当にあの鬼気と滑稽と憂愁とを見事に兼ね合わせるひょっとこを、造り上げた男がいるのだろうか? 「新山」の表札がないこともあって、私は急に不安を覚え始めていた。

 しばし扉の前で躊躇していたが、意を決し呼び鈴を押下する。少し間があって、女の声がした。
「どちらさまでしょうか」
「能面に関する記者をしております、道山と申します。新山 丈吉さんのお宅でしょうか」
 短いやり取りの後、扉が開けられ先程の声の主が顔を出す。警戒しているのだろうか、にこやかで愛想は良いが、どこかうかない顔つきの女。齢は30前後だろうか。

 それから数分後、私は新山家のリビングに通されていた。しばらくして、女は茶と菓子を持ってくる。恐らくこの女は新山の妻だろう。まず、この女を説得しなければ。私は自分の名刺を渡し、改めて自身が面を専門としているライターであることを明かした。
「それで、記者の方が、新山に何の御用でしょうか」
名刺を手に取り、訝しげに首を傾げる女に、私は展覧会でのひょっとことの出会いから順を追って説明する。あのひょっとこの面の第一印象での衝撃。あまりのすばらしさに見蕩れて暫く微動だにできなかったこと。すぐさま面を購入し、作者の名前や住所を受付に問い合わせたこと。これから新進気鋭の作家として、微力ではあるが私が後ろ盾となって、是非とも売り出していきたいということ……。
 しかし、私が熱を込めて話せば話すほど、女の顔はそれに反比例して悲しげな顔に移り変わっていく。私は、思った以上に話に手応えがないのを感じとり、少し黙って相手の反応をうかがう。女はその沈黙の中、うつむき加減でポツリと呟いた。
「折角、ありがたいお話をいただきましたのに……、申し訳ありません。新山は、今行方がわからないのです」
 言い終えた途端、女の目に大粒の涙が溢れ出した。


作品名:ひょっとこの面 作家名:六色塔