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ひょっとこの面

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01.端緒



 深夜。

 総じて人々が眠りに就いているであろうこの時間に、私はこの文章を認めている。
 先日、初めて足を踏み入れた異郷の地。まるで命の灯火を失くしかけている蛍の光の明滅のような朧げな明かりの下。そのような環境で、疲れ果てた目を瞬かせながら、ノートPCを起ち上げてキーボードを叩いている。

 そして今、私が向かい合っているノートPCの傍らには、その存在を誇示するかのように異彩を放つ、一つの面が置かれている。
 私はキーボードを叩く指を止め、その面を手に取って、ゆっくりと両の手で弄ぶ。面の硬質な感触と、それに相反するような、どこかしら滑らかで生温い感覚。それらが両の手の平にじんわりと漏れ伝わってくる。

 ひょっとこ━━語源的には「火男」が訛ってこの名称になった、という説が有力らしい。どことなくユーモラスで、口を窄めておどけた表情をした、別の名を潮吹き面とも呼ばれるあの面。今、私の掌中に収まっているのは、そのひょっとこの面なのである。
 私がひょっとこの面を所有している、それだけの話であれば、殊更このように文章を書き起こすような酔狂な真似はしないだろう。だが、今私の手の内にあるこのひょっとこの面は、とある二つの大きな特徴を持ち、二人の人命を奪い、それにも飽き足らず、これから三人目の命を奪う事になるであろう曰くつきの面、ともなればかなり事情も違ってくるのではないだろうか。

 最初に記すべき、このひょっとこの大きな特徴はその口にある。一般的なひょっとこ同様に窄められ筒状に伸びた口は、しっかりと穴が開けられているのだ。通常、世間に見られるひょっとこの面には、口腔部にこのように穴が開けられている物は、それほど多くない。だがこの面は、まるで少し大きめのちくわが接合しているかのように筒内部に穴が開き、その筒が面の裏側3センチ位まで伸びてきているのだ。ちょうど、この面を着けた者の口に噛ませられるような具合で。そしてさらに不思議なことには、この筒状の部分が蛇腹になっていて、上下左右に動いたり、伸縮したりが可能なようになっている。この口腔部の穴の機構は、宛も何か特別な「用途」のために作られたかのように存在しているのだ。
 もう一つの大きな特徴はその目である。大抵のひょっとこは、円形の目玉を大きく見開いたり、左右で目玉の大きさを変えたりすることで、その滑稽さを増すのに一役買っている場合が多い。だが、このひょっとこは、穴が開けられた口とは対照的に、両の瞼をギュッと閉じてしまっていて、目玉が見えないのである。瞼を閉じてしまっているせいか、面を着けた人間が視界を確保する為の、いわゆる「覗き穴」というものも、当然のように開けられてはいない。ということは、この面を着けた者は、完全に視界を塞がれてしまうということになる。言い換えればこの面は、もう既に面としての役割を果たしていないと言っても過言ではないのだ。
 そして最後、この面に纏わる「曰く」についてだが、これは、今キーボードを叩いている私自身も、物語に大きく関係してくる話である。これから、このひょっとこに付き纏う数奇な話を、私の拙い文章で恐縮ではあるが、順を追って書き記していきたいと思う。


作品名:ひょっとこの面 作家名:六色塔