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『掌に絆つないで』第三章

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Act.07 [幽助] 2019年8月7日更新


湖のほとり、長い黒髪をたらして湖面を覗き込む蔵馬の姿が目に入る。
幽助が駆け寄ると、彼は顔を上げ、驚いた表情でこちらを見た。
「蔵馬、探したぜ」
「……幽助」
お互い、久しぶりの対面だと感じた。一晩しか離れていなかったはずなのに、短時間であまりにも様々な出来事が起こったため、そう錯覚したのだ。二人とも、自身に起きたそれぞれの事柄を整理できていない状況。顔を会わせたものの、何を話していいのか躊躇せずにいられない。
言わなきゃいけねえ、冥界のこと……。
焦りから、幽助は単刀直入に本題をついた。
「いいか、蔵馬。黒鵺はな、オメーが作り出した幻かもしれねえ」
あまりにも唐突な発言に、蔵馬は訝しげに幽助を見返す。
「……何を言ってるんだ、幽助」
蔵馬が聞き入れないのも無理はなかった。
それでも、幽助は時間に追われた状況下で、まくしたてるように言葉を続けた。
「冥界って世界が復活しようとしてんだ! この前、オレたち妙な光を見たろ? あれは冥界玉ってやつだったんだ。オメーはその力を吸収して、黒鵺を復活させちまったんだよ。冥界玉の力は封印しなきゃいけねえもんなんだ、黒鵺をコエンマたちのところに連れてきてくれねえか?」
あまりにも掻い摘んだ説明だった。それに対し、蔵馬は冷静に幽助の言葉を整理する。
「………黒鵺は…実際にはいない幻だっていうのか?」
「ああ、いや…、その、魂は本物でも、身体は偽物なんだよ…オメーが冥界玉の力で作り出したもの…だと思うんだ」
「もし仮に、身体はオレが作り出したのだとしても……、魂は黒鵺本人のものなのか?」
「そーだけど、その……」
「幻だから、蘇った黒鵺をもう一度殺せ……、と?」
「ちが……っ…殺す…んじゃねえよ、元通りに……。とにかく! 冥界の力を封印しねえと。そりゃあ、封印すれば黒鵺は…いなくなるけど……、幻じゃあ…意味ねえだろ……?」
殺すという動詞を用いられ動揺する幽助。そんな彼に、責めるような瞳を向けながら、蔵馬は静かに問いかける。
「もし黒鵺が、桑原くんだったら?」
「……え…?」
蔵馬が口にしたした予想外の名前に、幽助の胸が高鳴った。
「もし、幽助が冥界玉の力で桑原くんを蘇らせてしまったら、どうする? もう一度殺せるのか? 幻だから意味がないなんて……言えるのか?」
「………違う、そうじゃなくて…」
「どう違うんだ。幽助が言ってることはそういうことだ」
「でもダメなんだよ!! このままじゃ!!」
「例え黒鵺が幻でも……オレは構わない」
「蔵馬!」
樹海で対峙した飛影と同じように、深緑の瞳が自分を拒む。それと同時に、
森が、騒ぎ出した。
彼らの周囲に緑を生い茂らせていた木々が、朝の光に揺れながら無数の葉を落とし始めたのだ。風が巻き起こり、木の葉を宙に浮かせた。
「ちょうど良かった……、キミに一言、お別れを言いたかったんだ」
葉と葉がすれ合う音で、遠ざかる蔵馬の声。しかし、はっきり「お別れ」と聞こえて、幽助は彼との距離をつめようとした。
「……何、言ってんだよ…?」
「オレはもう、人間界には戻らない。南野秀一は……捨てる。妖狐蔵馬として生きてく」
「……冗談…、だろ?」
目の前を大量の木の葉がよぎる。
「本気だ」
木の葉の影に見え隠れする蔵馬の瞳は、いつしか金を帯びて冷たく光り出した。
「蔵馬……!」
伸ばした手を、尖った葉先が切りつける。
遠ざかる。
蔵馬が離れていく。オレを置き去りにして……。
幽助は地を蹴って木の葉の壁を突き破った。
「蔵馬ーーーー!!」
風が、木の葉を一気に舞い上げた。
幽助の身体を掠めた葉は、浅い傷をいくつも残して空へと向かった。無意識に顔を防御した腕を下げたとき、幽助の目前に蔵馬の姿はなかった。
「蔵馬……」
幽助はその名を呟き、ただ立ち尽くすことしか出来ないでいた。