二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

『掌に絆つないで』第三章

INDEX|10ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

Act.09 [飛影] 2019年9月3日更新


まさか……。
悪い予感がした。彼が今まで無意識に避け続けてきた想像が、事実となって降りかかろうとしていた。
「でも、私の想う方はもういません」
「聞かせてくれないかしら。どんな人だったの?」
氷菜は俯いた雪菜に優しく問いかけた。
「とても優しくて、一緒にいると楽しくて、あの方の傍では心から笑うことができました。でも……本来なら生きる場所さえ、違う方でした」
誰のことを言っているのか、思い当たらないはずがなかった。飛影自身、よく知りえた人物で、雪菜に想いを寄せていた者。しかし、それは一方的な形だと考えていた。なんの根拠もなく、彼はそう信じ込んでいたのだ。
「雪菜。貴女が心を通わせて、手を取り合えることの出来る方と、生きる場所が違うなんてどうしていえるの。そんなこと関係ない。貴女には、わかっているはずよ」
「でも、あの人は私がこうして分裂期を迎えるより早く死んでしまった。私とは…あまりにも与えられた時間が違ったのです」
そんなことは、出会ったときからわかっていた。
妖怪同士の種族違いとは訳が違う。人間と魔物の恋愛。それは簡単に乗り越えられる壁ではないはずだった。
もし、桑原が生きている間に雪菜の分裂期が訪れていたら、彼女は桑原の子を成して死ぬつもりだったのだろうか。だとすると、雪菜は母と同じ運命をたどろうとしていたのだ。
氷菜の生き様を理解できず、飛影の心を満たしたのは殺意。ところが幸福を信じてきた妹さえ、母と同じ生き方を選びかねなかったという事実を突きつけられ、彼は愕然とした。
「お母さん、教えてください。氷女は誰かを愛することを禁じられた種族なのですか? 氷女にとって誰かを愛することは種族の滅亡を意味しているようにしか思えません」
愛し合って異種族と交われば忌み子が生まれ、母の命を奪う。交わらなくとも、想いを寄せればひとりで子を成すことすら出来なくなる。
心を凍てつかせなくては永らえない国。愛することで途絶える種族の血が、雪菜を苦しめていた。
「忌み子は…本当の忌み子はお兄さんではなく、私なのではないですか? 私は……種族を滅ぼすために生まれたのですか?」
掟を破った氷女が産み落とした二人の子。それは善と悪を象徴するかのように、同種族と異種族に分かれていた。
なぜ双子でなくてはならなかったのか。それは雪菜が正真正銘の同胞となるためであり、汚れた血を自分にのみ流すため。そう解釈し、飛影は兄と名乗ることなく一生涯、妹とは袂を別つ覚悟でいた。
それなのに、雪菜は自らを忌み子と呼んだ。自分と同じ忌むべき子ども、種族滅亡の火種なのだと。
「あなたたちは、忌み子などではないのよ」
そう言った氷菜の声は、少し上ずり震えていた。
「でも、私は故郷を恨みました。お母さんが命を落としてまで産んだお兄さんを……。長老たちを許せなかった。憎みました」
「それは貴女に心があるからよ」
氷菜は雪菜の両肩に手を添え、まっすぐに見つめながら言葉を続けた。
「氷女は憎むことさえ忘れた種族。憎しみでは何も生まれないけれど、何も感じられないならなおさらよ。何度も分裂期を迎えて種族を増やしたとしても、心動かされない故郷では生きている意味を見つけられないわ。雪菜、捨てたいなら故郷を捨てても構わないの。例え吹雪の中に身を埋めても、心まで閉ざして生きていっては欲しくない」
氷女が氷河の国を出て歩む道は、どれを選んでも波瀾が待ち受けているのは明白。
しかし母は雪菜に言い聞かす。波瀾を選べ、とあおるのだ。
「憎みなさい。恨みなさい。そして、愛しなさい。貴女には、それが出来るのだから」
「よせ」
突如、飛影は氷菜を雪菜から引き離し、二人の間に立ちはだかった。
「それ以上、こいつに貴様の理想を押し付けるな」
氷菜の言葉に矛盾を感じずにいられなかった。
彼女の言葉は自分の胸中を思う存分かき乱した。それはまた妹を惑わす悪魔の囁きのようにも聞こえた。今、雪菜を苦しめているのは、すべて忌み子である自分を産み死んでいった母が与えたものだというのに、その苦しみから解放してやるでもなく、むしろ谷底へ突き落とそうとする氷菜への怒りが頂点に達しようとしていた。
飛影は次こそ振り切るつもりで、腰の剣に手を伸ばす。
「お兄さん!」
柄を持つ手の甲に、温かく小さな手のひらが重ねられた。
「やめて、お願い」
自分を見上げる雪菜は潤んだ瞳で訴えた。
いつか垂金の屋敷でも見た顔だ。憎むべき相手さえ、憎みきれない雪菜。母親を手にかけようとする自分を放っておくはずはなかった。
「いいの、お兄さん」
雪菜はしきりに首を横に振った。
「私は嬉しいの」
「なに……?」
飛影は耳を疑った。
両手は飛影のそれに重ねられたまま、雪菜は俯いて氷泪石を零した。
「私は氷女であることよりも、誰かを愛せることのほうがいいんです。それを教えてもらえて、嬉しい……。出来ることなら、私もお母さんのようになりたかった」
聞きたくはない言葉だった。けれど、妹は自分の口ではっきりとその意志を継げた。
飛影は剣を構える手から力を抜き、静かに問いかけた。
「あいつの子を……産みたかったのか」
顔を上げた雪菜の瞳から、次々と零れ落ちる宝石が飛影の腕をかすめて地に落ちていく。
「もう一度……もう一度、和真さんに会いたい……」
会わせてくれと訴えるかのように、雪菜は飛影を見つめたまま呟くように言葉をつむいだ。
分裂期を迎え、本能が愛しい者を呼ぶのだろうか。
いつしか雪菜は飛影の肩に顔を埋め、何度も何度も同じ名前を呼び続けていた。