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隆子の三姉妹(前編)

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                  第一章

 その日はやたらとセミの声が耳をついた。前の日まで数日後に台風が接近するのではないかということで、雨はまだ降っていなかったが、風の強さから、その接近を意識しないわけにはいかない状況になっていた。
 しかし、何がどうなったのか、台風はいつの間にか天気図から消えていて、忽然と消滅していたのだ。
「どうしたのかしらね、台風」
 と、一番目覚めの悪い、自称「低血圧」の三女由美が、寝室から出てくるなり、リビングにいた姉二人に声を掛けた。
「そうね、熱帯低気圧に変わったのかしらね」
 と、由美の方を見ることもなく、視線はテレビを見ながら、次女の洋子が相槌を打った。
「何言っているのよ。そんなことはいいから、何あなたのその格好、早く洗面所で顔を洗っていらっしゃい」
「はーい」
 そう言って声を掛けたのが、長女の隆子で、由美はおどけたように言ったが、長女には頭が上がらないことは、誰が見ても分かっていた。
 パジャマ姿でリビングに現れた由美は、シャツをしっかりズボンに収めているか、それとも出すなら全部出せばいいものを、中途半端に出していて、しかも、髪はいかにも寝起きの状態、そんな髪を掻きながら眠そうにあくびをするのだから、姉でなくても、顔をしかめたくなるような状況だ。こんな姿を彼氏が見たら、
「百年の恋も冷めるだろう」
 と、言いたいに違いない。
 相変わらず次女の洋子はテレビに視線を向けているが、実は集中して見ているわけではない。テレビがついているから、視線を向けているだけだ。三姉妹の中で一番まわりを気にしていないのが次女の洋子だということが、これを見れば分かるというものだ。
 長女の隆子は、そんな妹たちの元締めをしなければならないことを、
「やれやれ」
 と思いながらも、それなりにしっかりこなしている。やはり根がしっかりしているからなのか、それとも環境が他の性格を生みだすことを許さなかったのか、おかげで、本人は意識することなく、まわりに気を遣うことができるようになっていた。一種の怪我の功名だと言えば隆子に悪いだろう。やはり、そこまでになりには、人の知らない隆子なりの気苦労があったのは事実だからである。
 洗面所に行けば、いつもであれば、五分もすれば戻ってくる由美が、その日は十分経っても戻ってこない。それだけしっかり「おめかし」しているのだろうか、なかなか戻ってこないことに気が付いたのは、意外にも次女の洋子だった。
「由美はまだ洗面所?」
 やはりテレビから目を離すこともなく、洋子は誰にともなく訊ねたが、もちろんそこには姉の隆子しかいないわけなので、必然的に相手は隆子であることには違いない。
「そうなんじゃないの」
 このことに関しては、隆子は別に気にしていない。あまり短いと気になるが、長い方はそれだけ女性としての身だしなみなので、それを気にする必要は一切ない。逆になぜそのことに関して普段は由美のことなど意識していないようにしている洋子が気にするのか、そちらの方が不思議だった。
 ただ、洋子が由美のことを意識しているのは、今に始まったことではない。次女の洋子と三女の由美は、お互いに意識し合っていないように見せながら、実はお互いを気にしていたのだ。
「お姉ちゃんは気付いていないんだろうな」
 と、妹は思い、
「由美になんか、分かるはずはないわ」
 と、次女は思っていた。
 そんな二人の雰囲気を長女の隆子が分からないわけではないが、姉妹同士で意識し合うのはある程度当然のことだと思っているので、別に気にもしていない。逆に、いつも一人だけ孤立しようという意識を感じる洋子が妹を意識しているというのは、却っていいことではないかと思うくらいだ。三女も末っ子ということで姉を意識する気持ちがあっても、それは当然のことではないだろうか。末っ子というとわがままに育つものだという意識があるだけに、独りよがりな考えを持っているよりも、姉妹同士で意識し合うことはお互い相手が知らないと思っていても、いい意味での刺激だと思っている。隆子としては、心の中でほくそ笑みたい気分になっていた。
 三人は、都会のマンションで三人暮らしをしている。
 隆子は短大の頃から一人暮らしをしていたが、しばらくして、大学進学のため、予備校通いをしていた洋子が転がり込んでくる形になった。実際にはもうその時には入試は終わっていて、大学進学は決まっていた。転がり込んできたのには理由があり、隆子は知らなかったが、その理由は、失恋だった。
 転がり込んできてしばらくして、理由を正直に話し、
「私、あのまま彼との思い出のあるあの部屋で暮らしていけない。かといって、一人で済むのも嫌なの」
 と、最初から一緒に住むことを願いに来たわけではないが、実は姉の隆子は、ちょうどその時、付き合っていた男性と別れを余儀なくされていた。それは洋子のような失恋ではなく、実際にその苦痛に押し潰されてしまうかも知れないと思うほどのもので、正直一人でいるのが辛かった。
 隆子が付き合っていた男性は、「山男」だった。隆子とは同期入社で、彼は大学の頃に登山部に所属し、休みのたびに登山に興じていたが、ある時、彼は帰ってこなかった。帰っては来たが、物言わぬ冷たい身体になって帰ってきたのである。
 山登りがこれほど危険なものだという意識は、隆子にはなかった。もし意識していたとしても、
――彼にはそんなことはない――
 と、思っていたに違いない。ただ、なぜか身体の関係には発展しなかった。
 長女ということもあり、どうしても自分が気丈でいなければいけないという意識が強いこともあって、隆子は彼が死んだ時も、涙一つ流さなかった。
 ただ、それは葬儀の時だけのことで、実際には、訃報を聞いたその日から、二日ほど、一人部屋に籠って、体調を崩しながら、思い切り泣いて、涙が出なくなったというのが本当のところだった。
「あれが彼女なのか?」
「ああ、そのようだ。涙も流さないなんて」
 彼の葬儀に列席した隆子を見て、そんな風に影で話していたのが、彼の弟たちだった。彼が三兄弟の長男であるということも、三姉妹の長女としての隆子からすれば、話の合うところだった。それは彼も同じだったようで、愚痴とまではいかないまでも、他の人には話せないことも、二人の間ではまるで無礼講のようだった。
 葬儀は隆子にとっては、針の筵だった。面と向かって何かを言われないまでも、視線の痛さは感じていた。
――これが終われば、彼とは本当にお別れなんだわ――
 複雑な気持ちの元、その後に襲ってきたのが、何とも言えない寂しさだったのだ。
 どちらかというと、一人や孤独には慣れているつもりだった。妹たちのことを考えるあまり、他の人との交流が疎かになることも今までには結構あった。
 高校時代など、隆子に告白する男性もいたが、
「ごめんなさい。お付き合いはできないわ」
「どうして?」
「どうしても」
 と、言って理由も言わずに断っていた。
 理由は妹たちのことを考えてだということは分かっていたが、それを相手が納得するように説明するなどできるはずもなかった。
 もしそれを理由として口にするなら、
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次