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コート・イン・ジ・アクト3 少数報告

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05



「前田奈緒さんが殺人予知に目覚めたのは、彼女がまだわずか三歳のときでした」

と相原博士は言う。

「きっかけは母親の事故死を予知したことだと言います。彼女にはもちろんまだそれが何かはわかりませんでした。それでも〈視〉てしまったものはあまりに恐ろしい光景で、外に出かけようとする母親を彼女は泣いて引き止めたそうです。しかしその思いは届かず、眼の前で予知の通りにクルマに轢かれて――」

その先は言うまでもないでしょう、という顔をして言葉を止める。殺人課員のおれ達は今、黙って博士の話を聞いているだけだ。

博士は続けて、

「彼女が殺人予知者だと判明するのにしばらくかかりました。事故を目撃したショックで、口が利けなくなっていたのです。彼女が声を上げるのは、殺人や事故死を予知して叫ぶときだけでした。幼い娘が毎日のように悲鳴を上げて恐怖に震えるのはなぜかようやく知った父親は、彼女を連れて伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)に移り住むことを決めました」

御蔵島は静岡県伊豆半島の突端から南に百キロほどにある。東西・南北の差し渡しがそれぞれ5キロの丸っこい小島だ。一般に殺人予知の感知範囲は半径30キロ程度。もちろん、近いほど強く感じる。

能力者が子供のうちは、離島にでも住ませる他ない。それは当然のことだろう。

「御蔵島にはその他にも、予知から逃げるようにしてやって来ていた能力者がいました。ですが当時は今よりずっと数が少なく、彼らがそこにいることは彼らの里で人が死ぬのを止められぬことを意味しました。元来た町に帰っていく者達を見た前田氏は、彼らのために何かせねばと考えました。思いついたのが保養所です。これから能力者は増えるらしい。いずれ彼らも、交替で休む機会が与えられるに違いない。そのための保養施設が必要だ。自分がこの島にそれを造ろう、と」

「え?」と隊員のひとりが言った。「御蔵島の保養所って、あの子のお父さんが建てたんですか?」

「はい。今も運営しておられます。奈緒さんは能力者や予知システムの関係者に囲まれて育つことになりました。やがてショックから立ち直ると、早いうちから警察官を志すようになりました。『この力は呪いかもしれない。だが、持ってしまったからには、一生この島にいてはいけない。救えなかった母親の代わりに、自分にできる限りの人を救わなければ』と。彼女のことはやがて警察内部でも多くの人が知るところとなり、『我が子に同じ道を』と望む警察官がよくやるような助言や指導が与えられました。その甲斐もあって、殺人予知者は本来ならば特捜枠で形ばかりの試験で採用されるところを、一般試験を文句なしの成績で彼女は合格したわけです」

「ははあ」「ほほお」

と、チャカ(拳銃)が持ちたくてサツカンになったようなやつらがみんな感心の声を上げた。

「島育ちの特捜官は別に彼女が最初ではありません。ですがこれまでは小学校や中学時代に力に目覚めて島に移り住んだ者ばかりでした。奈緒さんほどに幼い頃から離島で暮らした能力者が特捜官となるのは日本では初めてです」

「と言うと――」と零子が言った。「今後はそうしたケースが増えるということですか。最初であっても最後じゃない。予知が生まれて二十年近くが経って、初めは子供だった者が大人になった。それがこれからどんどん出てくることになる……」

「そうです」と博士。「だからこそ、前田巡査が特捜官としてうまくやっていけるかどうか見る必要があるわけです。わたしが彼女に期待と不安を持っているのもそういうことです」

「ははあ」と今度は班長が言った。「そりゃまた大変な役どころだな。どうしてまたここ神奈川ってことになったんです?」

「それはもちろん、いろいろな思惑あってのことですね。いきなり首都のド真ん中でというのもどうかというところですし、と言って事件がロクに起きないとこでも困るし。神奈川なら東京にも隣接していて何かと便利ではないかと、そんなところでして、決して横浜なんかがあってカッコいいからというだけの理由で選んだのではありません」

『だけで選んだんじゃない』というのは、ひょっとしてそれがいちばんの理由ってことか? ちょっとそう思ったけれどおれは口には出さずにおいた。たぶん言葉の綾だろう。

「とにかく」と零子。「前田巡査はデモシカじゃない――中学くらいでイヤイヤ島に移り住んで、特捜にでもなるしかないから特捜官というのじゃない。だから期待してるのであって、小さな頃から島で暮らしたというのが理由のすべてじゃない――」

「そう」と博士。「そんなデモシカ特捜官でも使わなければならないのが今の警察の現状ですね。そして中にはうまくやれずに脱落する者もいる。これもまた、システムが抱える深刻な問題」

殺人予知者はみんながみんな使い物になるわけじゃない。特捜官は殺急のバックアップも仕事のうちだが、こっちが無線で助けを求めているときに泡食ってパニック起こすようじゃあダメだ。予知で〈視〉たものをちゃんと説明できないのなら見ていないのと同じこと。

結果、殺しが防げなかったり、マルタイ(殺害阻止対象者)を逃がしてしまうことにつながってくる。それで冤罪を出すことだって決してないとは言えないのだ。

で、その結果、離島などへ引っ込んで二度と出てこなくなるのがいる。仕方のない話だが、そういうところへ人権派の作家さんが取材をしに行くんだな。

そいつは正しい指示をしたのに殺急がドジったような話にされて、これこそシステムの欠陥でござい。能力者はみんなこの人を見習って、島に移るべきではないか――。

『全員が自発的に僻地に行くなら強制移送じゃない』という理屈だが、さすがに学のある人は考えることが違うよな。象牙の塔に籠って世間に出てこなきゃいいのに。

「警察学校の成績など見る限りでは、前田巡査にそのような心配は少ないかと思われます。それでも、不安はゼロではない。幼少期からあまりに長く島で過ごしているというのも、いささかの懸念を覚えずにいられません。彼女自身があの若さで、自分に懸かっていることの重大さを自覚してるという点も……」

「ええと、どういうことでしょう」

と隊員のひとりが言った。博士は、

「要するに、プレッシャーの問題ですね。わたしなんかはこのシステムに関わってだいぶ図太くなりましたけど、彼女はまだこれからですから」

「ははあ」

「殺人予知なんて、こんなことあまりマジメに考えてたらとてもやっていけませんよ」博士は言った。「それも馮秋玉さんや、田嶋冬樹さんに教わったことですかね」