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コート・イン・ジ・アクト3 少数報告

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「双子で多数決をするな!」

と相原美咲(あいはらみさき)は言った。テレビ局の撮影スタジオ。何台ものカメラが自分に向けられて、何十という人の視線も集まっている。雛壇にはいま人気の芸能人がズラリと並び、どうせ明日には忘れるのだろうが、今は顔だけは真剣に美咲の話を聞いてるようすだ。

「超能力者の未来予知による殺人未然阻止システムのプロジェクトが始まったとき、世界中で激しい反対運動が起こりました。ここにいる皆さんの中には、当時まだ生まれてない方もいるでしょう。その頃に反対を叫んだ人々が必ず引き合いに出したのが、今世紀初めにアメリカで撮られた『マイノリティ・リポート』という映画です」

美咲の背後のスクリーンに、映画の概要が映し出される。

番組の司会者が、

「この映画は前世紀最大のヒットメーカーと言われた名監督と大スターによって製作されるはずだったのですが、そのふたりが撮影直前、一緒に食べたフグの料理に当たって死んでしまったという……」

「まあ、それはいいんですが、とにかく代理が立てられまして、映画の完成にこぎつけました。これは今の状況を予見した作品とされるのですが、しかし映画が違うのは、『人を殺す』と予知された者が裁判なしに、〈コールドスリープ刑〉とでも言うのでしょうか、機械で眠らせた状態に死ぬまで置かれてしまうことです。その殺人が一時的な錯乱や衝動によるものであってもお構いなしです」

「それってかなり無茶な話なんじゃありませんか?」

と司会者が合いの手を入れる。けれどもこれは、段取り通りに指定のセリフを口に出しているだけだ。眼はそれとなく手元に置かれた台本の文字を追っている。

美咲は言った。「そうですね。しかしとにかく、この映画を製作した者達の主張はこうでした。『もし万が一、殺人予知などというものが未来で実現したとしたら、そのシステムは完璧なものでなければならない。もしひとつでも欠陥があり、冤罪を生む可能性がわずかでもあれば、それは廃止しなければならない』」

うん、と何人かが頷いた。質問が入る。「今のシステムって完璧なんですか」

「全然。ひとつどころか、数え切れないほどに多くの問題を抱えています」

「なのに廃止しないんですか」

「できませんから」

「それは変じゃないですか? その映画の言うことの方が正しいような気がしますけど」

「そうですね。ですがとりあえず、映画の説明に戻りましょう。『マイノリティ・リポート』は完璧に思えたシステムにたったひとつだけ欠陥があって、それに誰も気づかないというお話でした。映画の結末をバラすのはマナー違反のようですが、ただ、この映画に限っては、誰が見ても話の最初の三十秒でわかるんですよ。システムのどこに欠陥があるか……なにしろ題名がこれですから」

スクリーンに《MINORITY REPORT》の文字が映し出される。マイノリティ・リポート、すなわち、少数報告。

「たとえばジェット旅客機などは、安全のためにコンピュータを三台使って同じプログラムを走らせながら、多数決で機体を制御しています。『どれかひとつが狂ったとしても、他の二台がまったく同じエラーを出すことはない。だから少数報告は無視。多数決で飛んでいれば大丈夫なはず』という理屈で、飛行機ならもちろんこれでいいですよね。しかしそれと同じことを超能力者三人で、殺人事件の予知でやるというのがそもそもかなり乱暴なような。まあそれは原作を書いたSF作家が悪いんですが……」

スクリーンに人物の写真。《フィリップ・K・ディック》の名前。《1928-82、アメリカ》とある。

「原作と映画ではストーリーはまったく違うんですが、題名の意味するところは同じです。要するに、こういうことをやるときは、少数報告もちゃんと見なけりゃいけないよ、という」

「ははは」

スタジオに笑いが起きた。美咲も微笑み返してから、

「そんなこと、言われなくても最初から、誰でもわかりますよねえ。ですが、トム――じゃなくて、ええと、亡くなった大スターの代役となったティモシー・アーチャーという俳優が演じる主人公はなぜかそう思わずに、システムは完璧だと信じ込んでて、映画が始まり一時間も過ぎたところでやっとこう叫びます。『ああっ! 全然気づかなかった! 少数報告も見なくちゃダメだ!』」

「あははは」と笑い。

「さて、映画の多数決システムですが――」

スクリーンに図が映し出される。三人の予知能力者。ひとりは少女で、後のふたりは同じ顔の双子の少年。

「まずこの子。この少女の予知能力は完全です。予知した事は必ずその通りになり、絶対に外れることはありません」

スタジオに疑わしげな空気が流れる。質問が出た。「あの、どうしてそんなことが言えるんですか」

「まあ、それは映画ですから。どうせ話は矛盾だらけでメチャメチャですから気にしてはいけません。それより、問題はこの双子です」

図を指し示す。三人のうちふたりは双子――雛壇の者達の表情がいよいよ訝(いぶか)しげになった。

「双子……」「双子?」「なんだ、双子って」

口々に言う。そしてひとりが皆を代表したように、

「あの、なんでそんなとこに双子なんか出てくるんですか」

「おかしいですか?」

「だって、それって多数決の話ですよね? それなのに、三人のうちふたりが双子でまともな決になるんですか」

「そうですね。映画として普通に観るとなかなか気がつきませんけど、こうして図にしてみると何か変な感じですね。この双子は能力者ではあるんですが、その力は弱いもので、少女が一緒にいないときにはまったく予知ができません。で、チョイチョイ間違った予知を出すのですが、双子だからまったく同じ誤報になります」

「ははあ……」

一同が首を傾げながらも頷く。それを見届けて美咲は言った。

「で、多数決だから少女の予知は捨てられて、双子の誤報が〈正しい予知〉として採用される、と」

「ハア?」「何?」「ああ?」「いい?」「うう?」「ええ?」「おお?」

騒然となった。何それ、そんなのメチャメチャじゃん――誰もが黙っていられずに、口々にそう言葉を発した。

「ああそうだ。オレは昔観たけれど、確かにそんな映画だった」

とそのうちにひとりが言う。別の者が「えっ、そのとき変だと思わなかったんですか」と聞くと、

「変だと思わなかったなあ、納得して見ちゃったけれど、考えたらあんなおかしな話はないな……」

「おわかりでしょう」美咲は言った。「この設定はバカげています。飛行機にコンピュータを三台積むが、うち一台が正常だけど他の二台が最初から狂っている。プログラムに同じバグがあるために同じエラーを常に起こすと知っていながら多数決で一万機の旅客機を飛ばし続けるようなものです。それをやったらどうなるかはわかりますよね?」