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緑の髪の女 ~掌編集・今月のイラスト~

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「退屈そうだね」
「そうでもないのよ、仕事中なの」
「一人で酒を飲んでるのが?」
「まあ、酔うほど飲むわけにもいかないんだけどね」
「なるほど……ここにいること自体が仕事ってわけか」
「どうしてだかわかってるくせに……」
「ははは、確かにな……幾らだい?」

 ここは北欧に属するとある国。
 俺は日本の電子機器メーカーからこの国に出向中のエンジニア、出向と言っても結構長くてもう3年になる。
 42歳・独身。
 もっともずっと独身を通してきたわけではなく、いわゆるバツイチだ。
 3年前、離婚をきっかけにこの国への出向を承諾した、自分を取り巻く環境を一新したかったのだ。
 この国は10年ほど前まで共産圏だった、競争のない社会は経済を停滞させ、技術革新を妨げて来た。
 今は自由主義の国になっているが、体制が変わったことで生まれ変わったとまでは言えない、着実に前に進んでいるとは言えるのだろうが、長く共産主義に慣れた国民はあまり熱心に働こうとはせず、経済の伸びや技術革新は緩やかに進んでいると言ったところだ。

 そして、この国では、いわゆる『人類最古の商売』は違法ではない。
 観光資源に乏しいが透き通るように白い肌を持つ美人が多いこの国ではそれも重要な『産業』であり、この国の政府は体面を保つよりも合法と認めてしまって税収を上げるという実を取ったのだ。
 
 この国のバーには一人で飲んでいる緑色の髪をした女をしばしば見かける。
 緑に染めた髪はいわば看板、売春婦の目印なのだ。
 『買いたく』なったらこんな場末のバーにやって来て緑の髪をした女に声をかけて交渉すれば良いのだ。

 女が提示した金額は相場よりもだいぶ高かったが、かなりの上玉である、俺はその金額を呑んだ。

「名前は?」
「レナ」
「良い名前だ」
「本名じゃないわよ、口から出まかせ、毎回変わるの」
「そんなことは別に構わないさ、呼ぶ名前がありさえすれば」
「ホテル代もそっち持ちだけどいいかしら? 別にどんな安ホテルでも構わないけど」
「まあ、そこそこの部屋は取るよ、侘しいのは御免だからな」
「いいわ、じゃ、出る?」
「ああ、そうしよう」
 俺はバーテンダーに二人分の酒代には充分すぎる札を手渡した。
「釣りは取っといてくれ、チップだ」
 俺たちが席を立つと、隣で飲んでいた男が俺に向かって親指を立て、不器用にウインクしてよこした。
(お楽しみだな、まあせいぜい頑張れよ)と言わんばかりに……。


「例のものは?」
 部屋に入るなり『レナ』がそう切り出した。
「そうせっつくなよ、ムードも何もあったもんじゃない……これだ」
「あたしには本物かどうか見分けがつかないけど……」
「偽物をつかませたらどういう目に合うかぐらいは知ってるさ」
「そうね……報酬よ」
 彼女は大きめのショルダーバッグから札束を取り出してテーブルに並べた。

 そう、俺は自社の核心的技術をSDカードにこっそりコピーして『売って』いるのだ。
 出向先の工場で指導しているのは自社の製品の組み立てに関するノウハウ程度、会社は人件費が安い工場を求めてこの国の工場をまるごと買収したが、同じものをこの国で独自に作れるようになることは望んではいないのだ。
 だが、資本主義に移行したばかりのこの国では企業間の競争は激しい、他社を出し抜いて生き残るにはお行儀良くなどしていられないのだ。
 そして『レナ』は俺との連絡係、本名は……知らない。
 彼女もこう言った裏の仕事のプロなのだ、本名など明かすはずもない。
 そして俺たちが接触するのに最も自然なのが『バーで緑髪の女をひっかける』ことなのだ、おおっぴらに接触しても不審に思われることはなく、二人で密室に籠ってもそこで何をしているのか詮索する輩はいない。

 実際、取引はこれで終了だ、ものの5分とかからない。
 だが5分後に彼女が部屋を出て行くのは不自然だ。
 俺は受け取った札束の中から数枚を抜き取ると彼女に見せた。
「これでどうだい?」
「あら、あたしも安く見られたものね」
「金を積んでも君は買えないってことか」
「そうよ、でも自分の今の気分に従うのはまた別……」
 そう言うと彼女は髪色に合わせた緑色の服をするりと足元に落とした……。

 その後どうなったかって? それを詮索するのは野暮ってものさ。
 まあ、これくらいは教えてやるよ、彼女がホテルの部屋を出て行ったのは翌朝になってからだったってことくらいはね……。