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第八章 交響曲の旋律と

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4.金環を巡る密約−1



「父様、お加減は如何ですか?」
 ハオリュウは、父コウレンの部屋を訪れた。
 その後ろから、からからとメイドの押すワゴンの音が続いてくる。トレイの上には、鮮やかな花柄のティーセットが載せられ、ぴんと角の揃ったサンドイッチが綺麗に並べられていた。
 コウレンはベッドで横になっていたが、眠っていたわけではないらしい。ハオリュウの声に体を起こした。
「ああ、ハオリュウか」
「父様、まだ寝てらしたんですか。病人じゃないんですから、そろそろ起きてください」
 顔をしかめるハオリュウに、コウレンがむっと眉間に皺を寄せる。
「あの医者という娘も言っていただろう。私は疲れが溜まっている」
「ミンウェイさんですね。でも、健康状態はいいとも言っていましたよ?」
 そんなやり取りをしていると、良い香りが漂ってきた。メイドがお茶を淹れてくれたのだ。部屋の中央にあるテーブルに、ことんとソーサーが載せられる。
 ハオリュウが「ありがとう」と会釈すると、彼とたいして歳の変わらぬメイドは頬を染め、深々と頭を下げて退室していった。
「よくお目覚めになられるよう、父様のお好きなローズヒップティーをお願いしたんです」
 ハオリュウはそう言うと、父にくるりと背を向けて、こちらに来てください、と言わんばかりにテーブルに着いた。ティーカップを手に取り、独特なハーブの香りを楽しむ。父を待たずにひと口飲んで、彼はカップをソーサーに戻した。
 やがて不機嫌な顔のコウレンがやってきて、のろのろと向かいに座る。それを確認すると、出し抜けにハオリュウは口を開いた。
「この屋敷のメイドは、随分と若いですよね」
「あれじゃ、ただの子供だろう」
 唐突に何を言い出すのだと、コウレンが訝しげな目を向けた。すると、ハオリュウはじっと父を見つめ、口元をほころばせる。
「――最近、父様付きで雇った子も、姉様と変わらないくらいでしたよ?」
「さっきの子供よりは、ずっと上だろう?」
「……僕付きの子は、あの子くらい若いほうが、僕は嬉しいんだけどなぁ」
 上目遣いにコウレンを見て、ハオリュウはにっこりと笑う。
「なんだ、おねだりか。ふん、帰ったらな」
「話の分かる父様は、好きですよ」
 ぺろりと舌を出し、彼は満面の笑みを浮かべた。
 それからハオリュウは、おもむろにサンドイッチをつまみはじめた。コウレンも、それに促されるように手を伸ばす。
 皿が半分ほどになったところで、ハオリュウがナプキンで口元を拭った。
「……父様」
 やや低めのハスキーボイスが、父を捕らえる。今度はなんだと、コウレンは不快感を隠さずに息子を見返した。
「ずっと気になっていたんですが、当主の指輪はどうされました?」
「……っ」
 コウレンは、はっと顔色を変え、自分の指に目をやった。当然のことながら、その指に金色の指輪はない。
「囚えられているときに、奪われたんですか」
 剣呑な光を瞳にたたえ、ハオリュウが静かに尋ねる。
「あ、ああ……」
 歯切れ悪く答える父に、ハオリュウは眦(まなじり)を吊り上げた。
「あれがどれだけ重要なものか、父様は分かってないんですか!?」
「あ、相手は凶賊(ダリジィン)だぞ! ……お前こそ、息子の分際で偉そうに!」
 コウレンは、わなわなと身を震わせ、怒鳴り返した。
 そんな父に、ハオリュウは蔑みの眼差しを向ける。薄笑いを顔に載せ、スーツのポケットから小さな箱を取り出した。
「王手(チェックメイト)ですよ」
 ことん、と音を立てて、布張りの小箱がテーブルに載せられる。
「……!」
 目を見開くコウレンの前で、ハオリュウはゆっくりと蓋を開けた。
 中に収められた指輪が金色の輝きを放ち、コウレンは顔色を失う。
「父は家を出る前に、自室に指輪を置いていったんですよ。でも、そんなこと、〈影〉のあなたは知る由(よし)もありませんよね」
 コウレン――の姿をした〈影〉は、後ずさるようにして立ち上がった。勢いに椅子が倒され、大きな音を立てる。
「僕も、斑目一族に囚えられていたことは、ご存知ですよね? ――そこで、奴らが話しているのを聞いてしまったんですよ。僕が子供だと思って、気を抜いていたんでしょうね」
 ハオリュウは、にっこりと嗤った。
 彼が情報を得たのはシュアンからであり、囚われていたときには何も聞いていない。だが、こう言ったほうが、より多くの情報を知っているように錯覚させられると踏んだのだ。
「……っ!」
 コウレンから、深い憤りが漏れる。歯ぐきをむき出しにしてハオリュウを睨みつけた。
 しかし、ハオリュウは怖気づくことなく、更に追い詰める。口元に笑みを浮かべ、すべてを知っているかのように装い、勝負に出る。
「ねぇ、『厳月さん』」
『厳月』の名前に、コウレンがびくりと肩を上げた。
「儂(わし)が、厳月の当主だということも知っていたのか……!」
「ええ」
 口では平然とそう言いながら、実のところ、カマをかけただけだった。
 この〈影〉が、厳月家の関係者であろうことは予測していたが、自分から当主だと名乗ってくれたのは、予想外の朗報だった。これで話を進めやすくなったと、ハオリュウはほくそ笑む。
 シュアンから〈影〉という技術を聞いたとき、初めはシュアンの先輩と同じく、父にも〈蝿(ムスカ)〉という人物が入り込んでいるのだと思った。
 しかし、〈影〉とは『脳内の記憶を上書きして中身だけが別人になったもの』だ。
 ――そう。〈蝿(ムスカ)〉である必要はない。そして、噂に聞く〈蝿(ムスカ)〉は、かなり狡猾で頭の切れる人物だ。彼や異母姉に、違和感を与えるような言動を取るとは考えにくい。
 ならば、父に成り代わって得をする人間は誰か? ――と考えたとき、厳月の名に行き当たった。
 確証を掴むために、この軽食を料理長に頼んだ。食事の所作には育ちが出る。案の定、〈影〉の中身が貴族(シャトーア)であることは、ナプキンの使い方から明らかだった。
 更に、年若いメイドについて言及した。好色と噂に聞く厳月家の人間なら、どんな反応を示すかと謀ったのだ。ハオリュウは、女性をそういった卑下た目で見ることを蔑視している。いくら演技とはいえ、自分で言っていて胸が悪くなった。
「厳月さん。あなたは、僕の父の体を奪うことで藤咲家を手に入れられる――そう教えられたのではありませんか?」
「……」
 すべてお見通しだ、と言わんばかりに尋ねるハオリュウを不快げに睨みつけ、コウレンは無言で返す。
 押し黙った相手に、肯定の意を読み取り、ハオリュウは畳み掛けるように続けた。
「『あなた』は、ご自分がどういった存在なのか、分かってらっしゃいますか?」
 コウレンは小鼻を膨らませ、しかし口はつぐんだままだった。
 答えられるわけがない。きちんと理解していたなら、〈影〉となることに同意するはずないのだ。ハオリュウは侮蔑の微笑みを浮かべる。
「『あなた』の記憶は厳月の当主ですが、肉体は僕の父です」
 目の前の愚かな男でも、このくらいは理解できているだろう。
 問題は、この先だ。
「そして、『あなた』に記憶を与えた厳月の当主は、今までと何も変わらずに厳月の屋敷で暮らしているんですよ」
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN