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暦 ―こよみ―

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如月(三)卒業祝い


 雪の予報が晴れに変わったこの日、由紀子と早紀子は、姉妹連れだって冬の街を歩いていた。北風が時おり吹き付けては枯れ葉が歩道を舞う。
 由紀子はコートの裾から柔らかな色合いのスカートをのぞかせ、早紀子はパンツ姿にジャケットを羽織り、色鮮やかなブルーのマフラーをなびかせていた。ファッションだけでなく、顔だちもそれぞれの性格が表れているのか、姉妹なのに似ていなかった。

 二人はウィンドウショッピングを楽しみ、実際に二、三の店で買い物をし、そろそろ昼食をとることにした。
 イタリアンの店を見つけ中に入ると、その暖かな空間は二人をホッとさせた。昼を回っていたせいか店内は半分ほどが空席で、落ち着いて食事をとれそうだった。
 メニューを見てそれぞれ好みのパスタ、由紀子は優しい味わいのカルボナーラ、早紀子はピリッと辛みの効いたペペロンチーノを注文した。食後に由紀子は紅茶、早紀子はコーヒーを頼んだ。どこまでも好みが違う自分たち姉妹が、由紀子は今さらながら可笑しかった。
「お姉さん、今日のこれは私の残念会?」
「そういうわけではないけど、たまには姉妹でデートもいいじゃない?」
「そんな気を使ってくれなくてもいいよ。私ね、本当は大学なんか行く気なかったんだ」
「え?」
「これ、落ちたからって強がりを言っているわけじゃないよ。本当にどっちでもよかったんだ。運よく受かればキャンパスライフを楽しむつもりだったけど、さすがに運だけで合格は無理よね」
「じゃ、他に何かしたいことでもあるの?」
 食べ終わった頃合いを見計らい、店員が皿を下げに来た。
「私、ダンサーになろうかと思って」
「ダンサー!」
 由紀子は驚きのあまり大きな声を出してしまい、皿に伸ばした店員の手が一瞬止まった。スミマセン、小声で会釈して、由紀子は話に戻った。
「何でまたダンサーなの?」
「私、体を動かすの得意でしょ? リズム感だって悪くないと思うのよ。だからダンススクールに通って、ダンサーを目指そうかと思うの」
「そんなわけのわからない世界、大丈夫?」
「若いうちにしかできないこと、いろいろやってみたいんだ。いずれはミュージカルに出て……な〜んてそんな世界をちょっと覗いてみたい気がして」
「早紀ちゃん……」
「もちろんスターになんかなれると思っていないわよ。でも、スターに出会って玉の輿というくらいは望めるんじゃないかしら」
 由紀子は呆れて何も言えなくなった。
「お父さんやお母さんは知っているの?」
「まさか! 言えるわけないじゃない、こんなこと」
「じゃ、どうするの?」
「バイトしながら、ちょっとダンススクールを探してみて決めたら話すわ」
「そうね、よく考えてからにした方がいいと思うわ」
 
 そこへ紅茶とコーヒーが運ばれてきた。そのタイミングで、由紀子は隣に置いてあったバッグを開いた。
「早紀ちゃん、ちょっと早いけどこれ卒業祝い」
 そう言って由紀子は例のネックレスの包みを差し出した。
「え? 何だろう」
 うれしそうに早紀子はその包みを開けた。キラキラ光るネックレスが出てくると、
「わー、ステキ! お姉さんありがとう!」
早紀子は目を輝かせてネックレスを手に取り、由紀子はそんな妹の様子を見てうれしそうに微笑んだ。
「あ、これって直樹さんの営業成績に貢献したってことね。一石二鳥、お姉さん考えたわね」
「そういうわけではなくて……」
 自分だけが祖父母からネックレスを買ってもらったことが申し訳なくて、などと言えるわけもない。そのため、直樹との出会いまで友人の紹介、などと嘘をつく破目になってしまったのだ。その後ろめたさが心をかすめた。
「さすが直樹さん、センスがいいわね、若い子の好みまでわかるなんて」
 いや、これを選んでくれたのは若い女性店員で、直樹には事後報告だった。だから営業成績など関係ない。もちろんそれも言えない。
「いいわね、お姉さん。あんな素敵な彼ができて」
(彼? そうなんだ、直樹さんは私の初めての彼なんだ、でも……)
 素直にそう思えない自分がいた。由紀子はふと、この妹に今のモヤモヤした気持ちをぶつけてみたくなった。でも、こんなあっけらかんとしたこの子に自分の想いなどわかるはずもないだろう。そうはわかっていたが、ちょっとだけ聞いてみることにした。
「ねえ、付き合うだけの人と、結婚する人ってどこが違うと思う?」
 姉から異性の話を振られた早紀子は少し驚いたが、得意な分野だとでも言いたげに堂々と答えた。
「それは、もう恋をしなくていいと思うかどうかよ」
「え、どういうこと?」
「結婚したら、もう他の人を好きになれないでしょ? まあ、今の世の中、例外も多いかもしれないけど。一応そうよね?
 これから、もっと素敵な人、自分に合う人に出会うかもしれない――そう思っているうちは付き合うだけで、もうこの人が最後だと思えたら結婚するんだと思うわ」
 由紀子は十も年下で、まだ子どもだと思っていた早紀子の言葉に唖然とした。
(なるほど……)
 根本は案外単純なのかもしれない。他に誰も好きにならない、そう思えるかどうか……
(まるで、負うた子に教えられて浅瀬を渡る、だわ)
「早紀ちゃんもいつのまにか大人になったわね」
「この手のことならいつでもどうぞ。経験豊富ですから」
 冗談とも本気ともわからないが、同じ女であるということはよくわかった。そして、いつのまにか大人同士の会話ができるようになったということも。

作品名:暦 ―こよみ― 作家名:鏡湖