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下司の勘繰り

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確か養老孟司先生が言っていたと思うが、ゴリラは形や大きさの違う一つ一つのリンゴを見て、総合的にリンゴ類だとは思わない。それぞれが別の物だと認識してしまうそうだ。
 ひるがえって人間の人間たる所以は、個々のことがらから組み立てて総合的な判断を下せることだ。以前何かの研修で「人間も四十を過ぎると、長年の実務の経験から業務についてうまく概念化できるようになる」と聞いたことがある。なるほど、それこそ年の功というものだ。
 知り合いの女性のTちゃんがこの春にビジネスの専門学校に進学した。進学に当たっては、私もなにくれと相談に乗ってやったものだ。Tちゃんはいつも前を向いている娘で、何より邪気がなくて、話していると心洗われる思いがする。しばらくごぶさただったが、どうしているか気になって、夏にSMSで残暑見舞いを送ってみた。ところが、どうだろう。まったく梨のつぶてとなってしまった。
 9月に入って、Tちゃんと顔見知りのI女史に会う機会があった。I女史は「Tちゃんが『彼氏ができたから紹介する』と言ってきて、三人で食事したのよ。楽しそうでしたよ」と教えてくれた。
 ここで私は一連のことを結び付けて考えた。Tちゃんは「彼氏ができたから、もうあなたのようなおじさんには会いません。連絡もしないで」と、I女史を通じてメッセージを送ってきたのではあるまいか。
 考えてみれば、そうかもしれないなあ。おじさんと話したって、しょうがないものな。しかしまたずいぶんと嫌われたものだなあ。そんなに気に障ることでもしただろうか。それにしてもこんな老獪な手段を使うなんて。まだ若いというのに。いやいや、女性というものはいくつだろうと、この手の才知に長けているものだ。おい、何をウジウジ考えてるんだ。ウジウジすること自体、自分の中に引け目と邪心がある証拠じゃないか‐と、しばらく考えが堂々めぐりして止まらなかった。
 9月の下旬、Tちゃんから電話がかかってきた。
「ごめんなさいね。スマホが壊れてたの。やっと修理できたら、メールをもらったってわかったんです」
 壊れている間にクラウド・データが預かっていたメールの受信記録が改めてずらっと表示され、私からのメールもわかったそうだ。
 久しぶりに話が弾んで、ご飯でも食べようということになり、まもなく一緒に焼き肉を食べに行った。Tちゃんは相変わらず快活に、専門学校での勉強の内容や湘南の海へ遊びに行ったことなどを楽しそうに語っていた。元気そうで、まずはよかった。そして、こちらのもやもやも晴れて、めでたし。
 年を経ると、総合的な判断が高じて、要らぬ気の回しや邪推や思い過ごしをやってしまうことがある。これはもう年の功どころではなくて、強迫神経や下司の勘繰りの類のものである。こんな心の動きはさっさと捨て去ったほうが幸せだし、また周りにも迷惑をかけないというものだ。これからはもっと心に余裕を持つことにしよう。
 でも、待てよ。Tちゃんはスマホが使えないのに、Ⅰ女史にはどうやって連絡したのだろう。いやいや、それはスマホが壊れるより前のことだったのでは。しかしI女史の口ぶりは、つい最近Tちゃんに会ったような・・・。いけない。年を経た男はすぐに下司のレベルへと降りてしまう。
作品名:下司の勘繰り 作家名:ashiba