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短編集42(過去作品)

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先住民



                   先住民



 田中敬介の育った街には昔からの民話がたくさん残っている。歴史は古く、大和時代くらいの昔から、このあたりに住んでいた人がいたようだ。近くにある小高い山には城址が残っていて、当時のことを物語る資料は市立図書館に行けば保管されているらしい。
 当時の面影を残すものとして、祭りが残っているが、祭りの時期ともなると、東京、大阪へと出て行った連中が帰ってくるということで、夏は熱くなった。
 十年ほど前に近くの街と合併することでようやく市になったが、それまでは、人が減る一方の過疎地だった。まわりを山で囲まれた、産業といえば、農業と温泉が出ることでの観光と、それくらいである。温泉といっても、ホテルが立ち並ぶような有名な温泉ではない。それでも効能は昔から伝わっているだけに、固定客でやっている温泉宿がいくつかあった。
 敬介は高校を卒業すると、まわりの友達同様、東京へと出て行った。就職もとりあえず決まって、皆同様、希望と不安に満ち溢れていた。
 しかし、東京はそれほど甘くない。学生上がりの田舎者がなかなか一人でやっていけるところではない。敬介のように頭の切れるものは、早々と東京を後にして戻ってきたが、諦めの悪い連中や、どっぷりと都会の網に引っかかってしまった連中は、そのまま溺れてしまう運命にあった。
 彼らがどうなったか、敬介は知らない。帰ってきた当初は気になっていたが、田舎に帰ってくれば帰ってきたでいろいろある。他人のことを気にしている場合ではない。
 折りしもちょうど、市町村合併の話が盛り上がっている時で、都会から帰ってきた彼らの受け入れ先はいくつかあった。頭のいい敬介は、公務員を目指し勉強を始めたが、一発合格で、市役所へ勤めることになった。
 市町村合併のドタバタが解決すると、また穏やかな毎日が戻ってきた。
――やっとふるさとに戻ってきたような気がするな――
 と感じたものだった。
 しばらく市役所で残務整理をしていたが、半年ほどで落ち着くと、今度は図書館の方へと配属になった。元々本が好きで、どちらかというと市役所の仕事よりも本に囲まれての仕事の方が性に合っていると思っていたくらいなので、嬉しかった。
 その頃になると、もう敬介も三十歳前、結婚というのを気にする年齢になってきた。それは本人が気にするというよりも、まわりが気にするのであって、知り合いのおばさんがおせっかいなこともあって、見合いを断るのに、いつも四苦八苦している。
「仕事している方がよほど気が楽だよ」
 と友達には話すが、
「まあ、そういうな。お前もそろそろじゃないのか? いい人はいくらでもいるぞ」
 彼も同じ志を持って東京に出て、同じ時期に引き上げた仲間だった。名前を隆俊というが、もっとも、敬介の考えには前面的に賛成する方で、敬介が、
「田舎に帰ろう」
 と言った瞬間に、
――待ってました――
 とばかりに賛成していた。お互いに機会を窺っていたに違いないが、それも正確的にお互いをよく分かっている間柄なので、タイミング的にもバッチリだった。
 だが、隆俊が唯一敬介よりも早かったのが結婚だった。隆俊は、東京から帰ってきて、すぐに高校時代のクラスメイトの女の子と付き合い始め、二年ほどの交際を経て、結婚した。
「いや、めでたいな」
 隆俊の結婚を手放しで喜んだ敬介だったが、それはまるで自分のことのようだった。ここまで結婚した友達を祝う気持ちになれるのも、それだけ友情が厚いからだろう。
 隆俊の結婚が早かったからと言って、焦るような敬介ではない。確かに寂しさがないといえばウソになるが、焦ってしまってはロクなことがないのは分かっている。いくら隆俊の結婚が早かったからといって、彼が焦って結婚したのではないことは、誰よりも敬介が知っている。それは奥さんを見れば分かるからだ。
――いつでも三行半――
 隆俊の奥さんは誰が見てもそうだ。
「俺にはできた女房だ」
 と言っているが、半分当たっているだろう。要するにお似合いの夫婦なのだ。
「実に羨ましいよ」
 焦っているわけではないのに口に出てしまうのは、それだけお似合いだからだろう。そんな姿を見せられては、
――焦っていないといえばウソになるな――
 と思えてならない。
 それだけに隆俊には余裕を感じる。敬介の考えに陶酔しながら、自分の考えをしっかりと持っているのだ。そんな隆俊の結婚に対しての考え方は一本筋が通っていた。
「口にしないと分からないこともあるんだよ」
 と言っていた。あまり家では話す方ではないらしいが、そのことで一度夫婦仲がギクシャクしたことがあったそうだ。
――雨降って地固まる――
 という言葉もあるが、隆俊夫婦はまさしくそのたとえ通り、ギクシャクしていた理由が分かれば、後はお互いに問題ない。却って、お互いの気持ちも近づいたという。その原因がお互いに気を遣いすぎるところにあったらしい。しかし、それも気付かなければギクシャクしたまま気持ちが離れてしまう夫婦もいるだろう。いや、離婚率の高い昨今、話を聞けば、
――他人事ではない――
 と感じる夫婦もたくさんいることだろう。
「どうして結婚しないんだ?」
 隆俊から言われても、
「いい人が現われないだけだよ」
 と話しているが、実際はまだ結婚ということに対して実感が湧かない。結婚する相手はどんな人がいいのかピンと来ないのが本音である。
 結婚に対して特別な思いを抱いているのは敬介だけではないだろうが、敬介の場合は、他の人とかなり違った感覚を持っている。
 それは、きっと「種の保存」という観点が一番強いからかも知れない。
 元々、妥協してまで結婚しようとは思っていない。
「理想が高すぎるんじゃないか?」
 と言われるが、それも半分当たっている。高すぎるくらいの理想がないと、結婚してもうまく行かないのではないかと思えるからで、ためしにしてみるなどという次元のものではない。失敗すれば、必ずしこりは残るのだ。そんな冒険を冒すことはできない。
 敬介は年齢的にいっても、仕事が楽しい頃である。女性と知り合う機会がないわけでもなく、実際にガールフレンドと呼べる人は数人いる。しかし、結婚となれば別で、本当に結婚してもいいと思う人が目の前にはいない。
 図書館の仕事はそれまでの市町村合併で忙しかった頃の部署に比べれば、かなり楽である。だが、学生時代から歴史が好きだった敬介には、今の仕事は願ったり叶ったりだ。他の部署でも今はそれほど忙しいところはない。一般企業に比べるといくら不景気とはいえ、公務員はいくらか安定している。それだけでもありがたいというものだ。
 図書館には郷土の歴史を扱った部屋や、一般市民向けのコーナーも設けられていて、実際に深い歴史のあるこの街を、たくさんの人に知ってもらうことで、過疎化を防ぐ目的で作られた経緯もあるらしい。
 経緯はどうあれ、敬介にとってはありがたいことだ。空いた時間を利用して、少し勉強してみようという気になるのも無理のないことで、最初は興味本位だけだったが、次第に勉強するのが楽しくなってきた。
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次