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のしろ雅子
のしろ雅子
novelistID. 65457
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21話 あとは野となれ山となれ ーあちら側とこちら側-

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21話 あちら側とこちら側

病室の窓から見える夕暮れは様々な形を見せる。
 金糸銀糸の華やかな線を放ちまわりをすべて真っ赤に染め沈んでいく夕陽もあれば、火鉢の灰の中の燃え残った炭のような濃厚な赤さを雲間に残して沈んでいく陽もあって、そんな時、…おそらく誰もが自分の最後を重ね合わせてみるような…そんな切なさが室内に流れ、この時間 いつも誰も無口であった。

 絶対安静の一人部屋から大部屋に移されてからちょっと修学旅行のような楽しさがあった。
 隣のベッドのCさんはコロコロと丸く笑う老婦人で、その存在が優しくて、話をしても黙っていても気の置けない方で、Cさんのおかげでとても気楽な治療、静養の日々を過ごすことができた。
 担当医の回診の時、Cさんが「私、20年の東京オリンピック見れますか?」と聞いてるのが聞こえた。
 担当医の「見れるように頑張りましょう」と答えが聞こえて、Cさんの「フフ…」と含むような笑う声が聞こえた。
 前後して私のお医者さまが来たので「先生…私20年の東京オリンピック見れますか?」と真似っこして聞いたら看護婦さんの書き込んだ私の数値をぱらぱらとめくる手を止めて「うん?」とちらっと私の顔を見て、又数値をぱらぱらめくりながら「見れますよ」と答えた。
 私はCさんと顔を見合わせて首をすくめて笑った
先生がいなくなってからCさんが「微妙に違うね…」と言ったので
「先生の性格の違いじゃない」と言うと「そうね…」と穏やかに頷いた
そんなCさんが違う一面を見せることがあった。
 二人の知人らしき人が訪ねてきた時で、Cさんは素早く伏し目がちにさっと間のカーテンぐるりとを閉め、秘密の会談のように周りをシャットアウトしてヒソヒソと内容は分からなかったが囁き声が長い事聞こえてきた。
 海辺の町に知り合いのいない私は、 お見舞いで病室の混み合う休日などは、洗面所に行ったり、あるいはエレベーターに乗って展望ラウンジに珈琲を飲みに出かけた。
 そこでやはり混雑から逃れてきた同室のBさんと会ったので病状の経過など聞いていたら急に「あなたの隣のCさんの処にまた来てるでしょ?」と声を顰めた。私が訳の分からない顔をしていると、
「Cさんね…Z教の信者さんなのよ…それでね…身寄りのいないCさんに資産寄付させようとZ教の幹部さんが日参してるのよ…Cさんねあまり体調良くないらしいの…だからね…遺書書かせようとしてるらしい…ここだけの話ね…お金があれば狙われるし…あれば良いってもんじゃないわね」
Bさんは立ち上がりながら「内緒ね」と言ってどこかに歩いて行った。
 Z教って…私の知ってる感じでは戦後の新興宗教の中では3番目ぐらい有名な宗教団体で、あの穏やかな優しさは信心のせいかと思ったり体調があまり良くない事も初めて聞いた。
 まだ病室を移って日の浅い私にはいろいろな事情は分からなかったが、あんなに穏やかにコロコロ笑うCさんがそんな病状にあるなんて知らなかった。
 そお言えばいつも穏やかに笑ってはいるが力なく寝てることが多かった
それに遺書の問題も人の事情であるけれど…何か悲しくなった.。
 オリンピック見れますか…と聞いたCさんの先生を困らせてみたい…あるいは自分の命を推し量るような想いを考えると、ふざけて真似っこして聞いた私の軽薄さを後悔してしまった。
 でも…咎めるでもなく一緒に肩をすぼめて笑ったCさんを思った。
 病室に帰ると訪問者は帰りCさんはぼんやり空を見ていた。
 私が笑いかけると、いつものように優しい笑顔で「お帰り」と穏やかに笑った。
 何か言いたかったけど、何も言えなかった…。
 間もなく私は…部屋の中の誰よりも早く退院することになり、何か同志を裏切るようなちょっと後ろめたい想いを感じながらCさんに「お見舞いに来るからね」と、言うと「うん…」と、頷いた。
「ねえ…私も退院したらこの編み方教えてくれる?…」私がいつも包まっていた手編みの大きなショールを指さした。
「いいよ、簡単…」と私は笑うと、Cさんが小指を出したので指切りげんまんをした。
 「病院にいつ来るの?」とCさんが聞いたので、10日後ぐらい…だと思うと、私は答えた。
 Cさんは「そうなんだ…」と言って何か数えるように指を折った。
 本当は数日後来ることになっていて…でも、Cさんを吃驚させようと思って黙っていた。

 その日、Cさんの吃驚する顔を見るのが楽しみで逸る心で抜き足差し足でベットを覘いたら知らない人が寝ていた。
 困惑する私にみんなが口々に「Cさんね、あれから容態が急変して亡くなったのよ」と堰を切ったように声をかけてきた。

 しゃくり上げて泣いたのはいつ以来だろうか…
「病院だもの当たり前じゃない…患った人がいる所だもの…亡くなる人だっているわよ…そお言う処なのよ病院は…しょうがないわよ…しょうがない…あなた、知らないうちに死んだりしないでよ…」電話の先で友人が言った。

 あちら側に渡ってしまったCさん…こちら側の私。
 私も何時か…きっと…猫のように誰にも知られず見えない一線をひょいと渡って歩いて行くのかも知れないなあ…。
 今でも”Cさんは遺書書いたのかな…”と、ぼんやり思い…一人で空を見る姿を思ったりしている。