小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

カレーライスの作り方

INDEX|7ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

7.義理カレー



7.義理カレー

 いつの頃からだっただろうか……バレンタイン・デーにカレーを振舞うという風習が生まれたのは。
 当然、食品業界の陰謀だったことは間違いない、どう考えてもハ○スとS○Bが怪しい。
 まったくロクなことを考えない。

 それでもこのバレンタイン・カレー、当初はそこそこ上手く機能していたようだ。
 カレーと言う料理は失敗が少ない、多少野菜の切り方が不揃いだろうがなんだろうが、最終的に市販のカレールーをぶち込んでしまえば少なくとも大きな間違いは生じない、一方で心をこめて丁寧に作ればより美味いものが出来るし、辛口か甘口か、野菜をどれくらいの大きさに切るのか、肉は牛を使うのか、それとも豚か鶏か、はたまたシーフードかと言った個性も出せる、そして自分が慣れ親しんできた味のカレーを意中の彼氏に振舞うことで、舌の相性も測ることが出来る。
 そして料理に自信がある女性は凝ったカレー、珍しいカレーを振舞うことで料理の腕前をアピールできるし、厳選素材を用いた豪勢なカレーで普段は味気ない食生活を送るひとり暮らしの男の気を引くことも出来る。
 要するに、『本命カレー』ならばそれを振舞われる男は悪い気はしないというものだし、振舞ってくれる女性との相性を見極める判断材料のひとつにもなる。
 だが一方で、一口で食べられるチョコとは違ってカレーとなれば一食に相当するからモテ男は大変だ、あちらにもこちらにも良い顔を見せようとすれば胃腸薬は必需品だ、あっちのカレーは食べたが、こっちのカレーは食べないと言うわけには行かないのだ。
 勢い、モテ男だとしてもある程度本命を絞らなくてはならなくなる、その辺りも女性にとって都合が良かったのかもしれない、脈があるかどうか早期に見極められるのだ。
 

 俺はモテ男ではない。
 そもそもすでにバレンタインがどうのこうの言う歳でもない、五十二歳、妻と大学生の娘、高校生の息子がいる、嵩む教育費と重い住宅ローンに追われ、毎日片道二時間近くを掛けて通勤する中間管理職、それが俺だ。
 そして、バレンタインが近づくと気が重くなり、胃がシクシクと痛み出す。
 そう、俺にとっての恐怖は『義理カレー』なのだ。
 俺には妙齢の女性部下が多数いる、彼女たちはこぞって『義理カレー』を配る。
 もちろん部屋に招いて二人で食べる、なんてロマンチックなものではなく、小さなタッパーに詰めたカレーを沢山持参して配るのだ、最近では百均で専用の容器も売っているらしい。
 いや、はっきり『義理カレー』とわかるものでも、心を込めてきちんと作ってくれたものなら問題はない、『義理カレー』は普通一口サイズなのでいくつも食べられるし、いろいろな味を楽しめるのも悪くない、日持ちはしないからその日のうちに食べなくてはならないのはちょっと辛いところだが……。
 問題は『義理カレー』に見せかけた『報復カレー』なのだ。
 俺ははっきり言って仕事には厳しい、必賞必罰、良い仕事をする部下は褒めてより重要な仕事を任せるし、おざなりな仕事をする部下は叱って雑用を言いつける。
 良い部下の『義理カレー』はまず問題がない、中には凝り過ぎて『?』となるものもないとは言えないが、それはそれで良い、創意工夫の現れだ。
 問題なのは、普段叱ってばかりの部下だ。
 今の世の中、ある女性の『義理カレー』は食べるが、別の女性のそれは食べないと言う態度は許されない、すぐにセクハラだと認定されてしまう、中間管理職にある者としてはその辺りには細心の注意を払わなければならない、だから、それが『報復カレー』だとわかっていても食べなければならないし、彼女たちもそれを重々承知の上で創意工夫を凝らす、まったく、その熱意を仕事に向けてくれればと思うのだが……。
 今まで苦行を強いられた『報復カレー』と言えば……。
 火を噴きそうな激辛カレー、野菜が生煮えのカレーなどは序の口、水をがぶ飲みしたくなる塩辛いカレーと、水腹になることを見越した上で大ぶりタッパー一杯のカレーを持ってきた二人組は間違いなく共謀していたと思う、そして、極めつけは……。
「ん? これは何の肉なんだい?」
「フフフ……なんでしょうね……」
 いまだにあれが何肉だったのかわからない……。
  


 そんな苦行の一日を送って、家に帰り着けばまたカレーが待っている。
 娘の手作り、包丁を持てるようになった小学校高学年から毎年作ってくれる。
 もちろん、娘の手料理は嬉しいものだし、年々良くなって行く味に娘の成長も感じられる……『報復カレー』が横行するようになるまでは随分と楽しみだったものだが……。
 だが、俺はそんなことをおくびにも出さずに『美味しかったよ、また料理が上手くなったな』と娘をねぎらい、妻はそんな俺に『ご苦労様』と笑いながら言って胃腸薬を持ってきてくれる。
 この家庭があるから俺は頑張れるのだ、苦行は一年に一回、くじけてなるものか……。

 はちきれそうな腹を抱えて風呂に入り、リビングのソファに体を投げ出して見るともなしにテレビをつけていると……。
 いやにのっぺりとした中性的な男がCM画面に現れた。
 そして、衝撃的な一言を放った。
「来年のバレンタインは愛のキムチで想いを伝えよう! サランヘヨ・キムチ!」
 俺はソファからずり落ちてしばらく立ち上がれなかった……。

作品名:カレーライスの作り方 作家名:ST