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塩屋崎まり
塩屋崎まり
novelistID. 64496
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夜の輪郭

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「よう、また会ったな。」
柔らかい声音で話しかけてきたのは、見知らぬ男だった。少なくとも、夜の公園でひとり缶チューハイをあおりながらたそがれる女に、こんなに優しく声をかけてくれる知り合いはいない。
 私は何を思ったか「本当に偶然ね、また会うなんて」と嘘をついた。丁度今日私は彼氏にフられたのだった。多分、人恋しかったのだと思う。「隣座っていいか?」と尋ねる男に、私は空き缶をどかしてスペースを空けた。
 公園灯の明かりは遠く、男の顔ははっきりとは見えない。座った男の輪郭は、どことなく細長く若々しい。色の濃いジャケットからは嗅いだことの無い煙草の匂いがした。
「なんでこんなところで酒飲んでるんだよ。仕事でしんどいことでもあったのか?」
「ん~、まあそんなとこ」
 私は出来る限り自然に、曖昧に答えた。私の声音に違和感を覚えた様子はなく、男は普通に続ける。
「あぁ、松本の職場ブラックっぽいんんだっけ? 課長がクソなんだよな。合コンの時暴れててビビったよ」
「あーっと、そのあたり酔っ払って記憶ないのよね」
「松本って記憶なくすタイプなのな。あの時の松本は凄かったぞ。『もっと酒もってこいー!』って飲みまくって、会社・上司のグチグチ暴言」
「うわー、ほんとにごめんさない。合コンぶち壊しにしちゃって」
 私は彼にベコベコ謝った。そして内心松本何やってんだと呆れ果てる。せっかく男を捕まえる場で、そんなことされたら私はブチギレる。内心で。
「いいよいいよ。確かに合コンって感じではなくなったけど、最終皆松本の話に興味津々だったし」
「でもほんとにごめん」
 お詫びにもなりませんが……と、まだ未開封のチューハイを一本差し出す。彼はプシュッと開けて少しだけ煽った。
 彼が缶に口をつけている間、私は迷っていた。結局この男と松本の関係は何だろうか。彼の話しぶりでは、合コンは最近の事みたいだ。けれどその後どうなったのだろう。「松本」呼びは、恋人にしては遠いし、合コンで知り合ったにしては馴れ馴れしい。
 話しかける話題もない私は、彼との距離感を掴みかねていた。
「いや……、でも本当奇跡みたいだよな。まさか高校の時の同級生と、合コンで再会するなんてさ」
 彼は薄ぼんやりと光る月を見上げてそう言った。
「俺はあの時ワルばっかしててさ、委員長の松本には迷惑かけたよな」
「そんなことないよ」
「嘘つけ委員長。『アンタが馬鹿ばっかやってるから、こっちはみーんな迷惑かかってんのよ』って散々言ってきたくせに」
 彼は昔を懐かしむようにからからと笑った。
 私は二人のエピソードを想像して、そして微笑ましくなった。私が高校生だったときは、とにかく必死だったなあと思い出す。陸上部で、速く走ることばかり考えていた。
「俺、松本にずっと言いたいことがあったんだ」
 そう切り出した男に、なんとなく私はどぎまぎした。もしかたら、告白されるんじゃないかと思った。夜の公園で、男女ふたりきり。シチュエーションはばっちりだった。
 ――もし本当に告白なら、私はなんて返事するべきなんだろう。
「俺が喧嘩いくの無理矢理止めてくれた時あっただろ。あの、『掃除の仕事が残ってるからいくな!』って言ってくれた時」
「……そんなことあったっけ?」
「まあ、委員長が俺に注意したことなんか、いっぱいありすぎて分かんねーか」
 男はそりゃそうだ、と笑いながら、「まあ、そう言ってくれたことがあるんだよ」と呟く。男はもう一度チューハイで唇を濡らして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「喧嘩いくの止めてくれた時、俺、あの時松本に酷いこと言いまくったんだ。クソアマとか、邪魔すんな死ねとか。あんとき俺は、ちっぽけなメンツにこだわって散々松本に言ったけど、実はさ、あの時俺足ケガしてて。今思えば、止めてもらえて良かったって思ってる。――松本はさ、全然覚えてないかもだけど、それでも、お礼言合わせてくれ。……ありがとう」
 男の言葉は、赤の他人が聞いてはいけないほどに真剣みを持っていた。
「……そんなの困るよ」
「いや、悪い、俺の勝手な自己満だよ。けど言えてよかった」
 隣に座る男が、急に、まだ青い高校生に見えて、私は思わず抱きしめた。煙草と硬い身体は、もう大人のものだ。
缶チューハイとは違う酒の匂いが、ほんの少しだけ私の鼻孔を擽る。なんだ、この男も酔っていたのだ。
彼は急に抱き着いた私に驚いて「おいおい、松本ほんとに酔っ払ってるな」と苦笑しながら私の背に腕を回してくれた。とん、とん、と子供をあやすように叩かれるのか心地よい。
「帰れるか? 送っていくぞ」
「送り狼?」
 私がふざけて聞くと、男は「ならないならない!」と首を振った。
「大丈夫、一人で帰れるから」
「本当かよ」
 私は安心させるようにベンチから立ち上がる。一歩、二歩と足を動かすがどうにも千鳥足なようで男の心配する声がかかる。
「ヤバいって、ほんとに送るから」
「いいったらいい! 送らなくてもいいから、一つだけお願い聞いてー!」
 私は何となく気が大きくなって、無駄に大きな声で叫んだ。男は酔っ払いの戯言だという感じで「はいはい」と言った。
 私は公園灯の下までよたよた歩いて、振り返る。明かりに照らされた私を見て、男が焦ったような気配がした。
 思い出の女の子と間違えるなんて、本当に酷い人だ。
「お礼! 次、私が素面の時に言って。私酔うと忘れるタイプだから」
 そう言って、私は心なしか軽い千鳥足で公園を出ていく。
 今日は散々な一日だった。彼氏にはフラれるし、人間違いされるし。正直失恋した傷は完全には癒えていない。けれども、人の柔らかい心を知った、静かで優しい夜だった。

作品名:夜の輪郭 作家名:塩屋崎まり