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新 黒船来航

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波瀾の幕開けとは、・・・およそ不意打ちを食らう相手とすれば何の前触れもなく唐突に、しかし不意を衝く方は、針の孔をもくぐるほどの精進を重ね、精緻な手配りを幾重にも巡らしやって来るものである。
そしてこれは、充分に熟れきった果実を支える仕組みが徐々にほころび始め、太平の世にまどろび浸っていた幕藩体制に、天が与えし華麗なる幕引きにも見えるのだが。・・・嘉永6年「1853年」ペリー率いる東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船7隻が、神奈川県横須賀市の太平洋に突き出た房総半島と三浦半島に挟まれた浦賀水道沖に、広大無辺の彼方より濛々と黒煙を吐きつつ忽然とその姿を現わし、日本に対して満を持しての開国要求を突き付けたのである。
幕府は言うに及ばず、江戸の武士、町人、百姓、丁稚、小僧、かわら者、辻立ちのあんまに至るまで、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎであったそうだ。
ペリー艦隊の旗艦サスケハナは、総トン数2,400トン前後の今で言う、島嶼間を行き交うフェリー船あたりだと思ってもらいたいのだが、当時1,000石船でも150トン前後の、しかも平板をつなぎ合わせただけの脆弱な和船にくらべ、外洋のいくつもの巨大な波をいとも容易く突き進んで来たその竜骨を持つ厳めしい威容は、日本人にとってはまさに寝耳に水、太平の世のすべての常識を吹き飛ばすほどの威力で、まさに青天の霹靂であった。
あまつさえ浅間山の大噴火以降、日本国の大地を再び震わせた最初の事件でもあったのである。それは黒い息を絶え間なく吐き続ける龍そのものに見えたそうで、まさに湯船の底が一気に抜け落ちたかのような騒ぎであったそうな。時は暮れ六つ、七つ下がりの雨と四十過ぎての道楽はやまぬと言われた頃の事件で、今で言えば午後5時過ぎ頃の事である。しかし威嚇しての開国要求とは程遠く、合衆国大統領の親書を携えての、国際儀礼に基づいた穏やかな外交の一端なのであった。余談だが、その後ペリーは、幕府役人達を船内に招き入れフランス料理で饗応し、幕府側も事前にテーブルマナーを学ぶべく、十手と孫の手を使い修練していたそうである。
また、旗艦サスケハナでの饗応の返礼として、当時幕府御用達でもあった卓袱料理の名店、江戸は日本橋料亭百川が、将兵300人分の本膳料理を幕府より2,000両あまりの金子で請負い、山海珍味の珠玉の贅を凝らした膳でもてなしたそうであったが、帰国後ある将官の日記の中に、肉類の出ない料理に不満を漏らす者もいたとか、・・・血なまぐさい幕末のとびらを一気に開け放った衝撃の事件としては、まことに微笑ましいかぎりで、浮世絵の世界を垣間見るようなものでもあった。余談だが・・・もし信長が変事を生き抜いていれば、とうの昔逆に日本からアメリカへと開国要求を突きつけていたやもしれず、・・・あれから200年の歳月を経た今、西暦2053年、此処浦賀ではその200年祭を祝う節目の記念行事が、文部科学省後援のもとしめやかに執り行われていた。
この日の特別招待客のなかには、当時の東インド艦隊司令長官ペリー提督や、幕府大老井伊家、目付衆、また直接饗応役にあたった幕府公事方双方関係者に至る貴種の末裔たちがこの日のために、艶やかな当時の異国文化を漂わせる華麗な衣装を身にまとい、華やかなオープニングセレモニーに華を添えていたのだが。
・・・と、その時、遥か彼方の波頭に消えては浮かぶ黒いゴマ粒のようなものが散見されたかと思うまもなく、瞬くまにそれが黒い船影となって現れいで、優美で華やかさに満ちていた会場のメイン埠頭に音もなく姿を現したのであった。すべての招待客には全く知らされてはいなかったこの絶妙のハプニングに、これは主催者側の粋なシナリオかと一同おもてを向けるも、文部科学大臣、官僚、後援企業側皆一様に、キツネにつままれたような面持ちで、事の成り行きを見守っていたのであった。やがてしびれを切らしたのか、文部科学大臣「君、これはスポンサーサイドからの趣向なのかね?」官僚「いえ、事前にそのような打ち合わせは、いっさい受けてはおりませんが」文部科学大臣「しかし、仮にも今の時代にこのような黒煙を吐く蒸気船など、それもこの会場の真っただ中にいきなり横付けさせるとは、正気の沙汰とは思えん、ましてや、どこぞの歴史博物館から引っ張り出して来たかのような、先人の手垢の付いた過去の遺物を持ち込むとは、無粋にも程がある」と、自らが発案し先導してきた公式行事のさなかの思わぬ闖入者に、顔を曇らせながらも、
文部科学大臣「いや・・・まてよ、これはもしや、明治維新への転換期となった歴史的な外交交渉を世界中に啓蒙し、ユネスコに世界記憶遺産として登録させようとする我々の意図をくんだ絶妙なフォローではないのか」官僚「とすると、政権党中枢または、経済界重鎮からの忖度があったと」文部科学大臣「ほかに何か考えられるのかね、この件に関しては、いくらかの外部からの相乗りの打診は有ったものの、それらを黙殺し文科省独自の判断で根回しもせずに、そのまま事を押し進めていたからな、多少のシナリオ変更を忖度されたのかもはしれんが、ま、いずれにしても事の成り行きを見守ろうじゃないか」・・・とその時、会場一面を覆うように、巨大なホログラフィックディスプレイが、現れこれまた会場に居並ぶ人々の度胆を抜いたのである。そして会場の遥か頭上には、穏やかな眼差しの異星人と思しき人物が現れ、それとともにあるメッセージが、世界中の主要な言語に訳されてスクリーン上を流れるように、ゆっくりと現われたのであった。その驚くべきメッセージの内容とは、・・・我々は、この太陽系が属する銀河連邦から派遣されてやって来ました。以前から、この惑星の成り立ちを注意深く観察し、サンプルを採取しては検証を繰り返し、やがてある決定を下したのです。
・・・それは天の川銀河にも稀有な存在の、この水と大気と葉緑素に恵まれた太陽系第三惑星を、天の川銀河連邦の歴史遺産として正式に登録しようと言うものなのです。つまりあなた方の住むこの惑星が、天の川銀河の連邦遺産として正式に認められたという事なのです」・・・と、それまでのファンファーレと華やかな彩の中進行していた会場のモチベーションが、一気に水を打ったような静まり返った会場に変り果て、誰一人として声をあげようと言う剛の者は居なかったのだが、徐々に隅々からマグマのような熱気を帯びた感嘆とも悲鳴ともつかぬ感情のうねりが渦巻くように沸き起り始めると、さすがに無言を押し通すわけにもいかず、気を引き締めなおした文部科学大臣がマイクをおもむろに掴んだのであった。
作品名:新 黒船来航 作家名:森 明彦