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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー38ー マッチ売りのおじさん


 年の暮れを迎え、世の中は慌ただしさの中にあった。クリスマス商戦に踊らされた人たちで街はあふれ、ひと目でプレゼントが入っているとわかる紙袋を下げた人たちが、忙しそうに行き交っている。
 そんな街角も、一本路地を入ると様相は一変する。ゴミ箱ばかりが目立つ野良猫の通り道に、段ボールを敷いて横たわるひとりの男がいた。空き缶を集めて細々と暮らしているその男は、この暮らしを始めて初めての冬を迎えていた。
 缶を探しながら見かける住宅の窓には、カーテン越しに幸せそうな家族の姿が映っている。去年までは、男もあの中の住人だった。思わぬ出来事が重なり、あっという間にすべてを失った。
(人生なんて一寸先は闇だ)
 そう思った男は、ふと、マッチ売りの少女の話を思い出した。今の自分とあまりに置かれている立場が似ているように思えたからだ。ただし、少女と中年オヤジという大きな違いはあるのだが。
 男は思った。
(少女はとても辛い状況にあった。ちょうど手にはマッチを持っていた。そして、目の前には幸せそうな家族の家――燃やしてしまおうという考えは、浮かばなかったのだろうか? もっともそれでは、感動の童話がおそろしい犯罪史になってしまう。
 でも、こうして実際に冷たい北風の中、毎晩街を徘徊していると、そんな常識的なことを思う余裕さえ失われそうだ。あの童話はきっと、恵まれた環境の下で生まれたに違いない)
 
 クリスマスイブの夜、男が教会の前を通りかかると、自分と同じような人たちが中へ入っていくのを見かけた。その後をついていくと、中では温かいご飯とみそ汁が配られていた。男はかじかんだ手でそれを受け取り、凍えた胃袋に流し込んだ。そして、生き返った心地の男に、今夜一晩誰もがここで過ごせるという、何よりのクリスマスプレゼントが与えられた。
(なんと、ありがたいことだろう)
 男はキリスト教徒ではないが、イエスキリストの誕生を初めて祝う気持ちになった。そして、寒風吹き付けることのない場所で、久しぶりに身を横たえた。
 マッチ売りのおじさんが、今度はフランダースの犬の中年ネロになった、そう思い、男は苦笑した。でも、すぐに男は気がついた、ネロはその晩、神に召されたことに。もう笑うことはできなかった。
 
 
 年が明け、教会にはまた行列ができていた。正月の炊き出しが行われていたのだ。そこに、あの男の姿もあった。ところがなんと、男は炊き出しをもらう行列ではなく、配る方に回っていた。
 
 昨年の聖夜、教会に泊った夜、男はその教会の神父と出会った。その時男は驚いた、特徴のある顔のあざに見覚えがあったからだ。
 その昔、まだ裕福だった男の家に盗みに入った若者がいた。生活に困り果て、出来心で空き巣に入った若者に、もう二度とこんなことはするなと、男は説教をし金を与えた。若者は涙を流しながらその金を大事そうに胸に抱き、何度も頭を下げて去って行った。
 その時の若者が立派に更生して、神父になっていたのだ。一生の恩人である男の顔を忘れることのなかった神父も、男に気がついた。そして、あの時の恩を返せると、喜んで男を教会の職員に迎えた。
 
 こうして、男のホームレス生活は一年で終わった。そこから救い出してくれたのは他でもない、男自身が自ら行った過去の善行だった。
 情けは人のためならず……
 困っている人たちに温かいスープを配りながら、そんな言葉が男の頭の中を通り過ぎていった。