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短編集25(過去作品)

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トライアングル・コネクション



               トライアングル・コネクション

「奈々子、あなたは、美しいわ」
「ありがとうございます。智美さんとご一緒できるなんて、私は幸せですわ」
 暗く湿った空気が女の甘美な色香を漂わせながら淀んでいる。漂っているといったがそこはまったくの密室、風の入り込む隙間すらないところである。
 そういえば奈々子に「さん」付けで呼ばれることなど今までになかった。くすぐったい気もするが、自分の中にある何かが目を覚ましたような気がして、それが何かを一生懸命に考えていた。
 千早智美が朝倉奈々子の部屋にやってきたのは初めてではない。前にも一度飲み会で酔い潰れてしまった奈々子を抱えるようにしてここまで来たことがあった。ただし、その時には頑強たる男が奈々子を抱きかかえ、それを支えるようにして智美がついてきただけだった。
 昨夜は奈々子と飲みにいって言われたのだ。
 場所は少し気の利いたショットバー、奈々子が時々いく店らしい。カウンターがメインだが、奥にはテーブルもある。
「普段はカウンターで飲むんだけど、今日は奥にいくわね」
 店に入るなりそういった奈々子は、店員に目配せしながら、奥のテーブルを指さした。店員も心得ていて、グラスを拭きながら頷いている。
「気の利いたお店知っているのね。気に入ったわ」
 その日、誘いをかけてきたのは奈々子だった。近いうちに奈々子に誘いをかけようと思っていただけに智美の返事は二つ返事でオッケーだった。
「今日は最初に愚痴を聞いてほしかったのよ」
「愚痴?」
「ええ、この間の飲み会であなたが送ってくださったでしょう? しかも沖田さんと一緒に……」
 沖田というのは、奈々子を一緒に部屋まで運んだ男性であった。
――やはりそのことか――
 何となく分かってはいたが、とりあえず話をさせてみることにした。
 なぜ奈々子が酔い潰れた状態でも彼女を無事に部屋まで送り届けられたか、それは沖田が奈々子の部屋を知っていたからだ。
 なぜ知っていたか?
 それは、沖田が以前は奈々子と付き合っていたからだ。
 どれくらい付き合っていたかなど、詳しいことは智美以外はきっと知らないだろう。半年ほどは親密だったようだが、数ヶ月前からぎこちなくなり始め、二ヶ月前には完全に別れてしまったようだ。
 その話は沖田から聞いて知っている。何を隠そう、沖田が奈々子と別れて少しして、智美の方から沖田にモーションをかけたのだ。最初は奈々子と別れたショックからか心を開こうとしなかったが、彼も男、自分の中で彼女の整理ができれば、後は一人の男性として智美を見るようになった。
 ここまでくれば、智美の思うつぼである。男を操ることにかけては他の人に負けないという自負がある智美に掛かれば、普通の男性は、ひとたまりもない。
 もちろん沖田もその一人であった。一緒に飲みにいって、部屋に誘って、そして後は男女の関係。お定まりのことだった。
 智美という女は男好きのする顔立ちで、着痩せすることもあってか、二人きりになると男性はこの上なく彼女の色香に参ってしまうようだ。
「あなたのような女性は初めてだ」
 大抵、その言葉を言われる。
「他の女性にも同じことを言ってるんでしょう?」
 沖田が奈々子と付き合っていたのは承知だったので、少し意地悪をしてみた。
「そんなことはない。智美さんに対して、本気で言っているんですよ」
 その言葉が嬉しかった。言うだろうと分かってはいても、言われて一番嬉しい言葉なのだ。
「嬉しいわ」
 もちろん、本音である。
 沖田はどちらかというと、自分が受身な方である。女性から受ける奉仕をこの上ない悦びとして感じるようで、きっと奈々子にもさせていたのだろう。会社では毅然とした態度で、女性の間でも人気の奈々子からは想像もできなかった。
 沖田のつぼはすぐに分かった。そこを焦らすようにしながら、高まってくると一気に攻撃、それだけでよかった。
 翌日から沖田は智美のものだった。奈々子と別れた心の隙にうまく入り込んだようで、少し後ろめたさはあったが、それでも本当は最初から気になっていた沖田を自分のものにできた悦びには変えられない。沖田には他の男性にないものがあった。それが受身なところで、普段の男らしさとのギャップであった。
 学生時代の智美は大好きな男性ができれば、その人一筋だった。男性という意識が強かったからかも知れない。男に対する思い入れは激しく、そのために好きになった人を追い回すことすらあった。
――ストーカー――
 そんな言葉がまさか自分に当て嵌まるなど考えたこともなかった。好きな男の一挙手一投足で一喜一憂の自分がいじらしく思い、自分がナルシストだと思うようになったきっかけでもある。
 短大時代に覚えた化粧も智美をその気にさせた。
――私には男を引き寄せるフェロモンがあるんだわ――
 と思うようになっていた。
 ストーカーのような行動が一転、自分をナルシストだと思うことから男に対する見方が変わってきたのも皮肉なことだ。軽く見ているのかも知れない。
 男のことを考えている時の自分が本当は一番自分らしいことを知っていたはずである。それがなぜナルシストに目覚めたのか、それは男の本当の気持ちを知らなかったからだろう。
 男というのは好きな女には従順なものである。そのくせ、好きな女の前に出れば、毅然とした態度をとってみたり、時には甘えた態度をとってみたりと、不思議な動物である。智美が好きになる男性は、ほとんどがその両面を持っていた。あどけなさを前面に出していた智美だから、そんな男性が近寄ってきて、ちやほやされると智美もその気になってしまう。
 智美はその気になりやすいタイプだ。いわゆる自己暗示に掛かりやすいとも言える。夢を見ていて、どこまでが現実か分からなくなるのも、きっと自己暗示が災いしているからだ。
 男にとってそんな女性は夢見る女性として見てしまう。シンデレラを夢見る可憐な女性を思い浮かべると、そこにいるのは智美である。男心を十分にくすぐるのだ。
 男と初めて寝た時に、男性というものを初めて感じたのだが、儀式だと思うためか、相手をしっかり見ていなかった。初めての夜とはそんなものだろう。自分が自分でなくなってしまったと思うのは智美だけではあるまい。
 わけもなく溢れる涙、男性はそれに喜びを感じる。涙を流している女性のそばでニヤけて見える男性の存在が分かっていたのに、相手をいとおしく思う自分の心境が分からなかった。
 男性をいとおしく思わなくなったのはいつからだっただろう。自分が美しいと感じ始め、苦労をしなくとも、何から何まで男性が面倒をみてくれる。そんな女王様のような時間がしばらくすると訪れた。
 最初から何も要求などしていない。だが、男は智美の喜ぶものをすぐに察知し、与えてくれる。それを優しさだと思っていた頃もあった。だが、すぐにそれが下心からだと気付くのだ。
――下心――
 それは一体何だろう?
 見返りを求めるものすべてを下心というのだろうか? それもおかしな気がする。見返りを求めなくとも下心を示すものもあれば、見返りを求めるものが正当な時もある。要するに相手の受け取り方だけなのだ。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次