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逆行物語 第六部~奇跡の軌跡~

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トラオクヴァール~グルトリスハイト~



 「ツェント・トラオクヴァール。今、ユルゲンシュミットにはグルトリスハイトを持つ者がおりません。私が初代ツェントに託したグルトリスハイトも、人が造った、グルトリスハイトの補助となる魔術具も、歴史の中で、政変の中で喪われています。」
 グルトリスハイトの補助!? 聞いたことも無い!!
「まだ猶予はありますが…、どのみち今のままではユルゲンシュミットは、やがて崩壊してしまう事でしょう。」
「申し訳ございません…。」
「謝る必要はございません。人の理で紡がれた歴史の是非を、神の理では測れませんから。」
 思わず謝った私に、慈悲深き笑みを浮かべられたメスティオノーラ様は続けた。
「けれど今、貴方が苦心を重ね、その身を粉にし、まるで馬車馬の様に酷使している事は解ります。…良く頑張りました。」
 まるで幼子に言う様に、メスティオノーラ様は私に仰られた。
「本当に…良く頑張りました。グルトリスハイトを持たぬ身で、このユルゲンシュミットを守る為、日夜関係無く、その身に国の責務を背負い続けるその意思に、私は敬意を評しましょう。」
 その御手に浮かび上がる魔方陣。
「シュタープを。」
「はっ、」
 言われるがままにシュタープを出す。メスティオノーラ様の魔方陣から光が絡み合いながら、私のシュタープに降り注ぐ、いや、吸収されていく。

 「貴方に新たなるグルトリスハイトを。」

 私は驚きを隠せなかった。メスティオノーラ様は微笑む。
「このグルトリスハイトは一代限り、初代ツェントに授けた物ではありません。
 しかし、このグルトリスハイトがあれば、何れ失われた初代ツェントに授けたグルトリスハイトを復活させる事が出来るでしょう。」
 光が消え、魔方陣も消える。
「…最期に、もう1つ贈り物を。」
 再び光が立ち上る。美しい7色の光が。

 「このユルゲンシュミットが愛と幸福で満ちる様、全ての悲しみを癒す優しさを、常に前を向く勇気を、悪意に負けぬ強さを、決して諦めぬ意思を、ユルゲンシュミットを守る一族へ。」

 ――祝福が舞う。私に、我が妃に、我が息子達に、義娘に。

 後で知ったが、この場に居なかった、我が一族へ、洗礼前の子にさえ、光は届いたと…。

 天からの光は天に還る様に昇り、消える。私が見ている前で、メスティオノーラ様が宿っていた、エーレンフェストの領主候補生、ローゼマインが横に崩れていく。
「――ローゼマイン!!」
 抱き止めたのは同じくエーレンフェストの領主候補生、ヴィルフリート。ハッとして場が騒然となっていく。
「ローゼマイン!! ローゼマイン!!」
 揺すられても目覚めない様子に、ヴィルフリートはローゼマインを横抱きに抱えると、私に向かって言った。
「御前を失礼させて頂きます!!」
 そうして返事を聞かず、そのまま走り出す。無礼ではあるが、咎める余裕がある者等、存在しない。
「――エーレンフェスト全員帰寮せよっ!!!!」
 アウブ・エーレンフェストの声が響いた。

 エーレンフェストの者達が慌ただしく去っていく。止める他のアウブも居ない。気にしては居られない。この場はずっと騒然としている。
 私は震える身体で、震える声で、呪文を唱える。

 「グルトリスハイト。」

 シュタープは美しい装丁の本となる。開いた項にはユルゲンシュミットを支える礎が記されていた。

 おおおおおおおうん!!!!!!!!!!

 おおおおおおおうん!!!!!!!!!!

 おおおおおおおうん!!!!!!!!!!

 ――酷い耳鳴りだ。いや、違う。これは私自身の声だ。

 気付けば私は赤子の産声の様に、声を上げて、泣き叫んでいた。

 ――神は認めて下さった。私の今までを。

 私はその場に踞る様に、祈りと感謝を天に逐わす神々に捧げ続けた。