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短編集21(過去作品)

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赤と青



                  赤と青


 今年、四十歳になる米田忠文は、最近病院を退院したばかりだった。
 鉄工所に勤めていた忠文は、それまでミスることもなく完璧な仕事をしていたのだが、ある日機械に指を挟んでしまい、しばらく働けなくなってしまった。完璧を期すことだけが彼の誇りだったにもかかわらず、犯してしまったミス。しかもそれが自分を傷つけることになり、そのショックはいかがなものか想像もつかない。
 中学時代まではワルだった。いわゆる不良グループにその名を連ね、教師連中からもワルのレッテルを貼られていたことは、本人も承知の上である。何度も母親が学校に呼び出され、そのたびに母親の涙を見てきたが、さすがにその時だけは反省らしきことをしたようだ。だが、ワルにはワルの世界の仲間意識が強く、自分から離れることはどうしてもできなかった。本人は楽しかったのである。それを排除して死ぬほど退屈な何もない学生生活に埋もれるなど、とてもできることではなかった。
 しかし高校へ進んだ忠文に、何らかの心境の変化があった。本人にもハッキリと分かっていないので、
「お前、マジかよ」
 と、まわりが信じないのも無理のないことだった。
 高校は工業高校へと進んだ忠文が、仲間に脱退を通告した時、誰も信じていなかったようだ。しかしそれでも忠文の意志が強いことを理解した連中は、「儀式」を済ませただけで快く彼を解放したのだ。
「やつなら真っ当な生活できるかもしれねぇな」
 口に出さずとも皆の共通の意見だった。
 普通の生活をあれほど毛嫌いしていたはずの忠文にとっては、一大決心だったに違いない。
 最初はさすがに退屈だった。しかも露骨に今までの忠文を見る目が真正面から襲ってくるので、それに耐える精神力も必要だった。いくら変わろうとしてもまわりがそれを認めてくれないのは、まだ高校生の忠文にとって辛いことだったに違いない。
――真っ当な生活って、こんな針の筵に座らされるようなことなのか。まるで拷問じゃないか――
 と思ったとしても仕方のないことだった。
 しかし彼を支えたのは、「物を作る」ということへの気持ちだった。ただ何も考えずにバカなことばかりやっていた中学時代までは忘れていた。小学校の頃、器用だったこともあって、一度壊れたウサギ小屋の修理をしたことがあった。先生と一緒にしたのだが、出来上がった時の感動、そして喜んでくれた周囲の尊敬の目、しばらくは忘れることができなかったのだ。それをワルだった時に急に思い出したのだ。
 忘れていたわけではないだろう。なるべく考えることをしないようにと、ラクな方にばかり目が向いていて、わざと忘れたような気になっていただけなのだ。自らを封印していたと言っても過言ではない。
 ワルから足を洗った直接的な原因があるとすればそれだったであろう。もちろん、誰にもそのことを話していない忠文の本音を知るものは誰もいなかったに違いない。しかし気持ちの上で何らかの整理がついていたことに理解があったと思われる。
 工業高校では、まるで水を得た魚だった。少なくとも実技に関しては成績優秀で、仲間からの信頼も厚かった。さすがに学科の方は中学の頃勉強らしきことをしていなかったツケがまわってきて、成績優秀とまではいかなかったが、それでも何とか卒業し、大きくはないが鉄工所に無事就職できることができた。
 業務態度も真面目で、昔ワルだったなど信じられないほどの働きぶりは、その事実すら工場長のみが知るだけで、仲間との折り合いもよかった。バカなことを言いながらでも、皆で一つのことをする楽しさを味わっていたし、何よりもそれによって得る給料という報酬が忠文には嬉しかった。
――これで、少しは迷惑をかけてきたおふくろに親孝行ができる――
 最初にもらった給料を母親に渡すと、母親はまるでテレビドラマそのままに、仏壇に供えていた。あまりテレビを見たりしない母親ですらする行動なので、みんな同じような潜在意識を持っているのだろうと、忠文は勝手に解釈していた。たぶん、当たらずとも遠からずといったところだろう。
 しかし、そんな忠文の生活に一瞬の狂いが生じた。
 それが業務中の怪我であった。すでに四十歳を迎えようとしていた忠文は結婚もせず、この歳まで仕事一筋でやってきた。すでに主任になって久しく、そろそろ長のつく役職をという話がちらほら囁かれ始めた頃であった。
「そろそろ結婚を考えればええのに」
 事あるごとに母親から言われてきたが、
「いやいや、まだ仕事を一生懸命にやらねば」
 と、言う忠文に、母親としては言いたいことがあるのだが、喉の奥につっかえて、それ以上を口にすることはできなかった。一生懸命に働いている息子の腰を折るような真似はしたくないのである。
 それでも、女性と付き合ったことがない忠文ではなかった。さすがに二十代前半には数人の女性と付き合ったこともあり、
――真剣、結婚を――
 とまで考えた人がいたのも事実である。
 恥ずかしいのと、相手のことを考えて誰にも話をしていなかったので、さぞかしまわりの誰も知る人はいないだろう。
 もし知っていたとすれば母親だったかも知れない。相手までは特定できないだろうが、その行動の端々に現れる雰囲気で、何となくと思っていたのかも知れない。それだけに今でも「結婚」という言葉が口から出てくるのだろう。
 二十代前半の忠文は女性関係ではいろいろ経験していた。付き合った女性も片方の指では足らず、酷い目にあったこともあったようだ。しかし共通して言えることは、常に真面目で一直線な付き合い方を忠文の方が望んでいたということである。中には付き合い始めの動機としてそんな忠文の気持ちに触れたことが原因だった女性も少なくはないはずだ。
 初体験の時のことを忠文はたまに思い出すことがある。
 相手は今でも、
――付き合った中で一番純情な人だったなぁ――
 と思える人で、ひょっとして一番自分が好きだった人かも知れないと思えるほどだ。
 名前を久美と言った。彼女は当時女子大生で、工場の仲間が設定してくれた合コンに参加した時に知り合った相手だった。
 合コン参加は初めてではなく、時々工場の仲間が開く合コンに参加していたからである。仲間の一人に、そういうことへのフットワークが軽く、女性の友達も一番多いやつがいたので、いつでも合コンOKとまで嘯いているやつだった。
 久美は私のそばに座った。元々席など決めていたわけではないのだが、なぜか気の合いそうな人たちが最初にカップルを作っていたのだ。しっかりペアが出来上がっていたこともあってか、男女が仲良く座ることができたのだ。
 まるで電光石火だった。アイコンタクトでもあったのだろうか。ペアのできる速さはさすがとも思えた。
 したがって他ではすでに話が盛り上がっている。女性グループもみんな合コン慣れしえいるのか、お酒を注ぐタイミングもバッチリで、私はしばしまわりに見とれていた。久美もそれは同じだったようで、私が話しかけないからかも知れないが同じようにまわりの勢いをじっと観察していた。
 それでもすぐに喉が渇いてしまうのか、目の前に注がれたビールが知らず知らずに空になっていた。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次