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第六章 飛翔の羅針図を

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1.花咲く藤の昼下がりー1



 明るく柔らかな陽の光が、午後の食堂へと注ぎ込む。
 一面の硝子張りの向こう側は、目に鮮やかな萌える緑で溢れていた。
 祝福の桜は広い庭の奥にあり、残念ながらここからは愛でることはできない。だが、その花びらが、時折こちらの庭まで遊びにやってきていた。
 一堂を待ちかねていた料理長の指示のもと、次々と料理が運ばれてくる。
 この一週間ほどは、次期総帥エルファンと、その次男リュイセン父子が倭国に行っており、料理長としては今ひとつ、腕の振るい甲斐がなかった。
そこへ、そのふたりが帰国した上に、メイシアとハオリュウという貴族(シャトーア)姉弟が加わったのだ。倭国は料理が美味しいと評判であるし、貴族(シャトーア)たちはさぞ舌が肥えているであろう。料理長は否が応でも張り切りざるを得ない。
 時期よりやや早い藤が、瑞々しい房を優美に垂らし、テーブルに華やぎを添えていた。ミンウェイによって活けられたその花には、『藤咲』という貴族(シャトーア)姉弟の家名に、花言葉の『歓迎』の思いが込められていた。


 時刻は少し遡る。
「祖父上! 藤咲ハオリュウに『協力する』とは、どういうことですか!」
 リュイセンの食って掛かる声が、執務室に響き渡った。本当は、祖父がそう言ったその場で割って入りたかったところなのだが、さすがに分をわきまえ今まで我慢していたのだ。
 負傷しているルイフォンは医務室に、メイシアもそれを追うように付き添った。
 緋扇シュアンは後処理のため、既に警察隊に戻っている。
 ハオリュウを客間に案内するよう命じられたミンウェイは、ひと足先にハオリュウと共に執務室を辞した。
 そして、屍と捕らえた巨漢は運び出された。
 ――だから今は、イーレオ、エルファン、リュイセンの父子三代に、護衛のチャオラウだけしか、執務室にはいなかった。
「ふむ? リュイセンには情報が行ってなかったのか? メイシアとハオリュウの父親が斑目に……」
 イーレオが、執務机の定位置にて椅子を揺らす。
「ああ、聞いていますよ! つまり! 『協力する』ってのは、囚えられている、あいつらの父親を救出するということですよね! 我々、鷹刀が! 危険を承知で!」
 リュイセンは、こめかみに青筋を立てた。
 帰国してからずっと、怒鳴り続けている気がする、と彼は思った。
 いい加減、疲れが溜まっているので風呂でのんびりしたい。だが、ここで放置すれば、この祖父はまた喜んで厄介ごとを背負い込むのだ。
「俺が言いたいのは! なんで我々が、貴族(シャトーア)を助けるような真似をしなければならないのか、という点です! 確かに我々は斑目と敵対しています。今回、屋敷にまで乗り込んできたことに対する報復(ケジメ)は必要でしょう」
 リュイセンは唾を飛ばし、熱弁を振るう。
「けれど! 斑目からあいつらの父親を助け出すのは、全然、別の問題です! なんのメリットもない! 『救出』は『攻撃』よりも、ずっと大変です。それは、祖父上もご存知でしょう!」
「落ち着け、リュイセン」
 低い声でそう制したのは、彼の父エルファンである。
 エルファンは息子に下がるようにと目で命じ、執務机の前に立った。座っているイーレオの顔に、怜悧な眼差しを落とす。
「私も、今回のことは随分と軽率なことをなさったと思っています。――我々が手を貸してやるだけの価値が、あの姉弟にはあるのですか?」
「ある」
 イーレオは即答し、にやりと口の端を上げた。椅子に背を預け、両腕を組みながら鷹揚にエルファンを見上げる。その過剰なまでに好戦的な楽天ぶりに、エルファンは氷の微笑を溶かした。
「そうですか。なら、従いましょう」
「父上! なんでそれで納得するんですか!?」
 孤立無援となったリュイセンが、不満を全面に出して抗議する。
 イーレオ、エルファン、リュイセンの三世代の血族は、年齢だけが違う、同じ人物を見ているかのようにそっくりだった。特に、声だけを聞いたなら、三人のうちの誰が喋っているのか、判別は難しい。しかし、声色と発言内容から意外に聞き分けられるものだと、一歩下がった位置で控えていたチャオラウは苦笑した。
 彼がわずかに無精髭を揺らしたとき、廊下に気配を感じた。
 彫刻の鷹――〈ベロ〉という名の守護者との問答がかすかに聞こえるが、聞き耳をたてなくても外にいる者が誰だか、チャオラウには分かった。
「俺だって、あの姉弟が可哀想だとは思っていますよ!? 運悪く利用されただけ、とね。しかし、世の中に不幸な奴はごまんといます。いちいち付き合っていたらたまりません。別に危害を加えようと言っているわけじゃない。ただ追い出せばいいだけです!」
 リュイセンが、そう吠えたとき、執務室の扉が開いた。
「お昼食についてお伺いを立てに来たところだったのですが、お取り込み中でしたか」
 白い調理服に身を包んだ、恰幅の良い初老の男。一族の胃袋を預かる厨房の主(あるじ)、料理長である。
 彼は腹を揺らしながら歩み出て、室内の面々を順に見やった。ぐるりと一巡したあと、拳を握りしめたリュイセンに目を留める。声にこそ出さないものの、明らかに「ははぁ」と得心のいった顔になった。
「いや、この話はこれで終わりだ」
 冷たく言い放ったイーレオの言葉に、リュイセンは唇を噛んだ。
「失礼します!」
「待て、リュイセン」
「何か?」
 怒りを、申し訳程度に押さえ込んだだけの声は、総帥であり祖父である男に対して、限りなく刺々しいものであった。
「お前、貧民街で〈蝿(ムスカ)〉と名乗る男に会ったか?」
「は……?」
 能天気な祖父のこと。てっきりふざけた言葉のひとつでも出して、この場を茶化して終わらせるつもりなのだろうと、リュイセンは思っていた。だから、その問いかけは、まったく予期せぬものであった。
 彼は、はて、なんのことかと一瞬、悩んだ。
 貧民街での記憶を手繰り寄せ、やたらと尊大な、不愉快な男のことを思い出す。父のエルファンと比べられ、散々、馬鹿にされた不快感までもが蘇り、リュイセンは鼻に皺を寄せた。
 彼にとって、〈蝿(ムスカ)〉とは、そんな人物であった。
 だが、扉に向かっていたリュイセンには見えない位置で、エルファンの頬に緊張が走った。
「ええ、会いましたよ。父上のことをよく知っているようでした」
「どんな男だった?」
 畳み掛けるように、イーレオが問う。
「サングラスで顔を隠していましたが、歳は……そうですね、体つきからして父上と同じか、少し上くらいでしょうか。細身の刀を使い、動きが素早い。決して『強い』とは言い切れないのですが、奴は『負けない』。ああ、本業は医者だと言っていました」
「分かった。――行っていいぞ」
 こんなふうに聞かれれば、気に掛かるものである。
 しかし、イーレオの言葉は、退室の『許可』ではなく『命令』だった。そして、リュイセンは気が立っており、自分から尋ねる気になれなかった。
 彼は「失礼します」と低く言うと、振り返ることなく執務室を出ていった。


 ともかく、風呂と飯。そして寝るに限る――。
 リュイセンは肩を怒らせながら、自室に向かっていた。
作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN