小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

狸のお客様

INDEX|1ページ/1ページ|

 
ここだけの話なんですが・・・

笑わないで下さいよ。実は私のカフェにはお客様に化けた狸が来るらしいんです。
ほーら、笑ったでしょう。誰だって嘘だと思いますよね。

ここは都市部からかなり離れていて、本当はカフェなどの客商売には向いてないんですよ。でも裏の山が鬱蒼とした雑木林で、小鳥たちや小動物がひっそりと棲みついているのが気に入って手に入れたのです。幸いにも亡くなった主人は沢山のCDとオーディオセットを遺してくれました。

独り暮らしは寂しいですから、お客様との触れ合いが欲しくて「音楽喫茶ミューズ」を開店したのです。表はハイキングコースになっているので、時折一休みしに入って来るお客様もいます。

大方は一見さんですが、いつも客が少ないと分かると、どう見てもご夫婦とは見えないカップルのお忍びや女性のグループが、ひがな一日お喋りして帰る事もあります。
ある日、いつもグループで来る女性客のお一人がふらりと入って来られました。

「今日はお一人?」
「ええ。ここは静かでいいわ。偶には何もかも忘れてコーヒーを飲みながら静かに音楽でも聴きたいと思いましたの」
「何かお聴きになりたいものあります?」
「そうねぇ、じゃあショパン。ショパンは大好きだから何でもいいわ」
「じゃあ、アルバムにしましょう」

このお客様は「トシ子」と名乗りました。申し遅れましたが、私は「カナ子」と申し
ます。
トシ子さんは左程頻繁に来られる訳ではではないのですが、とても話の合う大事な常連さんになったのです。

それから暫く経ったある日・・・

「今日はー」
「あら、トシ子さんいらっしゃーい」
「又ショパンを聴きに来たわ」

実は、思いなしかトシ子さんの顔がいつもよりふっくらと丸顔に見えたのですが、女性ってほんのわずかな言葉でも気にしますでしょう。だから知らぬ振りをしていました。

ところがお勘定を確かに頂いた筈なのに、お帰りになった後で手提げ金庫を開けて見るとトシ子さんに頂いた金額だけが足りなくて、その代り葉っぱが紛れ込んでいたんです。

変だなとは思ったのですが、まさかトシ子さんが手品を使ったとも思えません。
(今度見えたら確かめてみよう)
忘れないように日付をメモに書いて壁にピンで止めたのですが、驚いたことにその翌日、又トシ子さんがやって来たのです。

「今日はコンチェルトを聴かせて頂くわ」

私は恐る恐る尋ねました。

「トシ子さん。変な事をお訊ねしますが、昨日もいらっしゃいました?」
「えっ。如何して?昨日は法事でとても忙しくて何処へも行かなかったわよ」

その時、はっと思い出しました。ここを買い取る時不動産屋が言った言葉です。

「この辺りは、昔狸山と呼ばれていて、時々狸が人間に化けて民家へやって来ると言う話があるんですよ」

それ以来、時々受け取った筈のお金が葉っぱに変わる事があったんです。何とかお金が葉っぱに変わる瞬間を見届けたいと頑張って見張っていた事もあるんですが、見ている間は絶対に変わらないんです。で、大丈夫だと思って手提げ金庫に入れるでしょう。すると、次に開けた時には葉っぱになっているんですよ。お客様が狸に戻る瞬間も、いくら頑張っても見届ける事は出来ませんでした。

だから誰にも話さないんです。何となく狸くさいお客様はわかるようにはなったのですが知らん振りして応対しているんです。

だって狸と話すなんて、何だか楽しいじゃありません?。それに、いい事だってしてくれるんですよ。例えば大雪が降った朝起きてみると、いつの間にか綺麗に雪かきをしてくれていたりするんですから。

ある日、閉店間際に一人の男性客がふらりと入って来ました。ソフト帽を目深に被りサングラスをかけているので、はっきりとはわからないんですが、ぞくりとするほどいい男なんです。彼は低い声でリクェストしました。

「モーツアルトのシンフォニー四十番ありますか?」
「ええありますよ。私の主人の一番好きな曲でしたから」

コーヒーを注文したその客は、曲が終わると勘定を済ませて静かに立ち上がりました。

「有難う。コーヒーとても美味かったよ」

私はぼうっとしてドアを開けて出て行く客を見送ったんですが、カウンターの上に忘れ物がある事に気が付いて慌てて表へ飛び出したんです。でも、もう姿はありません。

忘れ物は小さなバースディケーキでした。
そしてカードが添えられていました。

『カナ子、お誕生日おめでとう』
作品名:狸のお客様 作家名:蛙川諄一