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テケツのジョニー 8

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 鬱蒼とした木立を抜けると前面には青い海が広がっていた。バスに乗り込んでいる者が一斉に「おお」と声を挙げた。
 オイラはジョニー。場末の寄席で飼われているサバトラの雄猫さ。
 普段は寄席のテケツに居るオイラが何故バスになんか乗ってるのには訳がある。それは数日前のことだった。
 寄席というのは基本休み無しなのだが例外がある。それは大晦日だ。この日は何処の寄席も休みになる。でもそれは表向きで寄席の従業員や協会の若手や前座はお正月の飾り付けをする為に仕事となる。
 その日の他には七月の三十一日も休みなのだ。尤も最近では都心の寄席では休まずに「余一会」と言って貸席としている。噺家が個人的に色々な会を開いている。
 かってはこの日は噺家協会も噺家芸術協会も「夏の寄り合い」と言って協会員が集まる催しがあったのだ。噺家協会は全員で成田山にお参りをする習わしだったし、噺家芸術協会は浅草寺に参拝するのが常だったのだ。
 でも最近は成田山にも行かなくなり、噺家はこの日も仕事を取る事が出来るようになり、芸協も別な日に参拝するようになった。だからこの日も都心の寄席はやっている。
 ウチはというと場末だからこの日を貸してくれという芸人は居ないので相変わらず休みとなっている。だから海に遊びに来たのかって? とんでもない。この日は二年に一度だが席亭こと親父さんの生まれ故郷の伊豆に出張寄席をやるのだ。
 親父さんは自分の故郷の人に本当の落語や寄席の雰囲気を味わって貰たくて続けているのだそうだ。
 東京から簡易高座をマイクロバスに積み、従業員を乗せて伊豆まで来たのだ。
 三十日の営業が終わると準備をする。尤も組み立て式の簡易高座と毛氈、めくり座布団を会社のマイクロバスに乗せるだけだが。
 翌日の早朝、夜明けの頃に寄席を出る。オイラはこの時になって一緒に連れて行かれるのだと悟った。
「ジョニーも行くでしょう!」
 姉さんが妖しげな声を出してオイラを抱く。正直オイラは誰も居なくなった寄席でのんびりと惰眠をむさぼりたかったのだが……。
 姉さんはオイラを抱きしめるとそのままバスに乗り込んでしまった。
「向こうはお魚美味しいから」
 別に、キャットフードでいいのですが……。
 そんなオイラの気持ちには一切関係なくバスは夜明けの街を後にしたのだった。
 
 バスは海岸沿いを走っている。運転をしてるのは親父さんの長男の専務だ。何でも若い頃は十トンダンプの運転をしていたらしい。寄席なんて衰退する産業の跡継ぎなんて考えていなかったのだが、ある事があって考えを変えたらしい。詳しくはオイラも知らない。オイラの飼い主の姉さんはこの専務の従兄弟だそうだ。子供の頃から自分の家よりこの寄席が好きで仕事もここに決めたという人だ。おかげで死ぬ運命だったオイラも救われたと言う訳なのさ。
 バスは朝のうちに伊豆の田舎町の公民館に着いた。急いで高座を組み立てる。公民館の方では地元の世話役さん達が会場の造営をしてくれている。会場にパイプ椅子を並べてくれていた。二年に一度なので慣れたものだった。それにしても芸人はどうしたのだろうか? そんな事をオイラが思っていると姉さんと親父さんが
「盛喬師匠は駅まで迎えに行かなくてもいいの?」
 姉さんの質問に親父さんは
「十時の踊り子で皆来るから迎えに行く事になっている」
「盛喬さんがトリ?」
「ああ、最初が前座の盛しんで、次が柳生師匠のところの今度二つ目になった柳星くんだ」
 柳生師匠はこの前ウチでトリを取ったしオイラも好きな人の一人だ。その弟子というのも少しだが前座で働いていたので覚えている。確か、入門して暫くは上方の師匠に付けられていたそうだ。
「色物は?」
「ドンキーブラザースさ」
「ええ! 良く来てくれたわねえ」
 ドンキーブラザースとは太神楽の曲芸を洋風にした曲芸のコンビで本当の兄弟だ。その芸は素晴らしく、しかもユーモアがありこの芸を見るだけでも寄席に行っても惜しくないと言われる存在だった。
「柳生師匠が口を利いてくれたんだよ」
「そうか、同じ協会だ」
 柳生師匠は噺家芸術協会に所属している。ドンキーブラザースも同じだった。トリの三遊亭盛喬は噺家協会だから所属が違う。
 オイラは公民館の中に作られた切符のモギリの所に大人しく座っていた。そう本当に借りてきた猫だった。
「ジョニーセッテイングが終わるまでだから、我慢していてね」
 姉さんがそう言ってオイラを気に掛けてくれている。そもそも何故オイラを伊豆くんだりまで連れて来たのか。
 やがて駅に迎えに行ったバスが帰って来た。バスからは馴染みの顔が降りて来た。
「やあジョニー来ていたんだね」
 そう言って嬉しそうな顔をしたのは柳星だ。盛しんは
「ここでも招き猫やってるんだ」
 そんな事を言って妙に感心している。ドンキーブラザースの二人もオイラの頭を軽く撫でて行った。最後にトリの盛喬が降りて来て
「ジョニー終わったら海に行って泳ごうか?」
 そんな呑気な事を言っている。冗談じゃない。猫は濡れるのが死ぬより嫌いなんだ。御免こうむる。
 会場の用意がすっかり出来るとスタッフは少し早い昼食を取る。11時開場で11時半開演となってるので、それまでに何か食べておくのだ。
 今日は地元のスタッフが用意してくれた海鮮丼だそうだ。オイラはそれを何気なしに見ていたら盛喬が
「ジョニー。これ食べるか?」
 そう言って鯵のタタキを少し小皿によそってくれた。鯵なんて干物以外は食べた事がないが匂いを嗅いで見ると旨そうな感じがする。舌の先で味わって見ると悪くない。少しずつ口に運ぶ。なんだ旨いじゃないか。
「おお気に入ったか!」
 盛喬はそう言って更に持って来てくれた。
「さあ食べたら仕事だぞ」
 親父さんの言葉に皆が頷いた。
作品名:テケツのジョニー 8 作家名:まんぼう