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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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 僕の望み、ただ個人的な思いのために、それを否定するなとはいえなかった。
 でも、いま。その本質を、確かに受け入れ、
 あなたはそれを、再び手にした。
 それをずっと、ずっと、大きく自身のうちに満たして、
 あなたは、自身が輝く「その時」を、待っている。
 そうだ――あなたは、それを手放すことなどできない。
 あなたを形作るものが、それそのものであるのだから。
 どれだけ恐れを抱いても、それはあなた自身であるから。
 そして、恐れすら呑み込んで、あなたは、その内側から輝く。
 ……そうせずにはいられないんだ。
 あなたのうちから湧き上がる、その、激しい衝動が、
 僕を強くひきつけ、そうして、引き上げる。
(ラア。どうか、あなたを支えているという誇りを。僕に、ください)


   *


 側近の男は、腕を組んだまま動かない。
 主を守るために立ち上げただろう炎の壁に、その男の姿は影のように黒々と刻まれている。
 そのうちに不気味に灯る紅の双眸は、確かにこちらを捉えていた。
 ヤナセもまた動かなかった。うかつに動くことはできない――相手は火属の最高位、四大神の一人である。そして、瞬時にこれほどの規模の力を扱う実力者なのだ。
(炎神――あの老神を継いだのか。これはまたずいぶんと、優秀な後継者が控えていたものだ)
 その名が伊達ではないのだと。老神が不当にしがみついて離さなかったもの、自身にこそふさわしいものを、やっと手に入れたというのだろう。その堂々たる佇まいはどうだ。
(さあ、どう出る……?)
 じりじりと全身を炙るような熱、それに耐えながら、相手をうかがう。
 息をするのもはばかられるほどの張りつめた空気。
 ――しかし、それを断ち切ったのは、やはり、ラアだった。
 不意を突かれたように、ヤナセはハッと振り返る。ラアが足を踏み出した。しびれを切らしたのだろうか。
 ラアは攻撃態勢をとったのではなかった。先ほどまでとまるで変わらず、歩調もそのまま、ただまっすぐに歩む。
 まるで敵の存在を認める様子もなく。炎に向かっていくように。
 ヤナセは固唾を飲んでそれを見守った。いったい、何をしようというのか……。
 北の炎神は微動だにしなかった。視線すら動かすことはない。しかしその表情の強張りから、太陽神を意識し警戒しているのは明らかだった。
 ラアが近づく。その目は、北神を映してはいない。
 そうして……、ラアは炎を収めようともせず、ただ自然に――そこにあるのは幻であるとでもいうように、すうと炎の壁をすり抜けた。
 ヤナセは絶句した様子で立ち尽くす。
 おそらく太陽神である彼にとって、その炎は彼の性質にごく近しいものであり、障害などではありえなかったのだろう。理屈ではわかる、しかしにわかには信じがたい光景だった。
 ラアの姿が炎の奥へと完全に消え去ってからしばらく、北の炎神は、ゆっくりとその口角を持ち上げた。……狙い通りだというように。
 それから、男がスと片腕を掲げると、たちまち炎の壁は消し去られてしまった。
「……!?」 
 ヤナセは訝しげに眉をひそめる。
(何のつもりだ――)
 と、彼は開いた壁の向こうで、ラアの背が、生命神の体を覆っていた魚の群れに呑み込まれてゆくのを見た。それはまるで、大きく開いた口に誘い入れたのち閉じ込め、獲物を逃さぬというように。
「ラア!!」
 ヤナセは思わず声を上げていた。しかしそれもむなしく、ラアは青の光のうちに完全に閉じられてしまった。
 呆然と立ち尽くす。まるで無力だった。
 しかし奇妙だ。生命神の領域に捕えられたラアは、終始無抵抗だった。北の守備範囲に現れてからずっと、彼は生命神のもとへ行くことだけを目的とし、ただ黙々と進み続けた。まるで――そう、まるで引き寄せられるかのように。
 もしそれが、生命神の力によるものだとしたら――。
 不穏な予感に突き動かされるように、ヤナセはラアのもとへ向かおうとした。……が、北の炎神がそれに立ちはだかる。
「兄弟の久方ぶりの邂逅を邪魔しようとは、無粋なやつだ」
 男はそう言うと、ちらと背後を見やった。
「太陽神はわれわれ火属の力の本質を知る。無意味に力を用いるほど愚かではない。……だが」
 と、男は不敵な笑みを浮かべ、その深紅の眼でヤナセを見据えた。
「お前は私の敵だ。この目に捉えたからには、逃さんぞ」