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桜堤通り(掌編集~今月のイラスト~)

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(この景色もこれで見納めなんだなぁ……)
 僕は柵にもたれて小川と護岸の桜並木を眺めていた。
 
 僕の小学校からは皆が同じ中学に進む、この小川の対岸にある中学だ。
 だから皆は小学校を卒業したからと言って散り散りにはならないし、小川や桜並木ともお別れではない、だけど僕だけは違った。
 父親の転勤で四月からは名古屋の中学に入ることになっている、父親は一足先に赴任しているから待ったなし、昨日引越しの荷物もまとめ終わり、午後には業者がやって来ることになっている。
 
 僕はこの町で生まれ育ったが、父や母の実家があるわけでも親戚がいるわけでもない、(ここに来ることはもうないんだろうな)と思うと、どうしても見ておきたくなったのだ。
 
 この小川のほとりには思い出がたくさん転がっている。
 小さい頃から格好の遊び場だったし、小学生になってからは毎日堤通りを歩いて通学したものだ、様々な思い出が蘇り、はらはらと舞う桜も僕に別れの挨拶をしてくれているような気がして、ちょっと涙ぐみそうになった。

 その時だった。
「あら、山田君」
 聞き覚えのある、と言うより忘れっこない声に振り向くと、そこに佐藤先生がいた。

 佐藤先生は僕らのクラスの担任だった。
 六年生の男子と言うのは、ちょっと色気づき出す頃、そこへ若い女性の担任だ。
 しかも優しそうな美人の。
 照れ隠しもあって、一学期の頃は結構困らせた。
 先生も高学年を受け持つのは初めてとあって戸惑いもあったのだろう、あまりきつく怒らなかったから僕たち悪ガキどもに舐められていた、と言うところもあったように思う。
 だけど、六月の終わり頃、ちょっとした事件があって、その時、先生は初めて大きな声で怒った。
 僕も含めて悪ガキ共は反発しようとしたのだが……先生の目から涙が後から後から零れ落ちるのを目撃すると何も言えなくなってしまった。
 それから悪ガキどもはすっかり大人しくなった。
 僕はと言えば……ちょっとだけ先生に恋心を抱いてしまったのだ。
 悪ガキ仲間の誰にもそれは言わなかったが、多分バレていたと思う。
 何故って、他の奴らもみんなそうなのが僕にもバレバレだったか

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「山田君、お引越しは?」
「あ、午後には引越屋さんが……」
「そう……この景色も見納めって訳ね」
「……うん……」
「実を言うとね、私もなの」
「え?」
「冬休みにね、母親が亡くなったの、私は遅くなってできた一人っ子だから実家に戻らないと……父親は病気で少し体が不自由だから……向こうでも教師は続けるけどね」
「全然知らなかった……」
「私事だもん、それにそんなに切羽詰った状況でもないし、六年生のクラスだったから最後まで見たかったし……ちょっと歩かない?」
「うん……」

 肩を並べて歩きながら、先生は色んな事を……大半は僕達の担任になってからの事だったと思うが……話してくれたが、正直、あまりよく憶えていない。
 まさかほんのり恋心を抱いた女性とデートすることになるとは思ってもいなかったから、かなり緊張してたんだ。
 ただ……先生の背が僕と同じくらいだったことはやけによく憶えている、先生と生徒と言う関係だったつい先週までは、先生のほうが一回り大きいような気がしていたのだが、実際にはほんの少ししか違わなかったんだ。
 それに気付いた時、なんだか先生と言うより一人の女性のように思えて、余計に緊張したのかも知れない。

「あっ……」
 草に隠れていた地面の窪みに足を取られて先生がよろけ、僕はとっさに先生の肩を支えた……。
 思いがけず華奢な肩の感触、そしてふわっと香った髪の香り……。
「ありがとう、山田君、意外と力あるのね」
「え……まあ……」
 その時、先生がクスッと笑ったのは、多分僕が真っ赤になっていたからなんだろうと思う……。

 正直、たったそれだけの思い出だ……照れ隠しもあったのだと思う、その後、僕はそそくさと家に戻り、引越し屋のトラックに乗り込んで生まれ育った町を後にした、その後、想像してた通りあの町には一度も行っていないし、先生とも一度も会っていない。

 でも、桜が咲くと、今でもあの時の華奢な肩の感触と髪の香りを思い出す、おそらく、僕が『女性』を意識した最初の出来事だったんだろう……。

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 もう訪れることもないだろうと思った故郷だったが、卒業から十年経って再び訪れる機会が巡って来た。
 統合を機に、僕らの小学校は廃校になり、校舎も取り壊されることになったというのだ。
 校舎がなくなると言うのはまた格別な感傷を呼ぶもの、同窓会には懐かしい顔が揃った。
 そして桜と小川も十年前そのままに僕を迎えてくれた。

 二十二歳。
 これから社会人としてスタートを切る者もいれば、既に社会に出ている者もいる。
 もうすぐ無くなってしまう校舎を眺めながらも、皆晴れ晴れとした様子で近況を語り合っている。

 そんな中、佐藤先生は少し疲れた様子、でも「憂いを湛えた大人の女性」と言う感じで、魅力的に見えた。

「山田君でしょ? すぐわかったわよ、あの桜の下でデートしたものね」

 周りにいた当時の悪ガキ仲間は「なんだそれ?」「抜け駆けだ、許せないな」などと囃し立てたが、先生がお父さんの介護の為にあの後実家に戻って行ったことを知って、すっかり大人しくなった。

「山田君は今、どこで何をしてるの?」
「あのまま名古屋で、今は美容師やってます」
「ああ……小学校の頃から器用だったものね」

 都会の中学に入った僕はファッションや髪型に興味を持つようになっていた。
 手先の器用さにはある程度自信があったし、勉強はあまり好きではなかったから、その方面へ進んだのだ。

 俺たち元悪ガキ達は、なんとなくそれ以上のことを先生に訊けずにいたのだが、先生を取り囲んだ女子たちの質問攻めを傍で聞いて色々と知ることができた。

 同じ県内でも名古屋に近い所に住んで、地元の小学校で教師を続けていること。
 お父さんの介護はまだ続いていて、『自宅で何とか過ごせるうちは』と頑張っていること。
 そして、そのせいもあってか、まだ独身であること……。

 俺たちの世代だとまだ親の介護などと言うものは実感を伴わないのだが、ちょっと疲れた様子の先生に同情してか、それ以上何も話せなくなってしまった……。

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「山田君、ご指名」
「はい、15分ほどお待ち願えれば……あ……」
「ふふふ、同窓会以来ね」

 同窓会から一年後、僕を指名してくれたのは佐藤先生だった。

「どうしてここがわかったんですか?」
 椅子にかけた先生の後ろで鏡を介して向き合った僕はちょっと緊張していた。
「あの時名刺を貰ったでしょ?」
「あ……そうか……」
 ほとんど習慣のように名刺を配っていたので覚えていなかったが……。
「でも、先生の所からは1時間以上かかるでしょう?」
「1時間半かかっちゃった……でも、ぜひ山田君にお願いしたかったの」
「何かあったんですか?」