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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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gift of us

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『gift of us』


 気候がすっかり春らしくなった、4月の初め。
 前日の夜に「だるい」と言っていた彼女が、目を覚ますと隣にいなかった。
 「……友美(ゆみ)?」
 呼びかけてはみるけど、当然返る声はない。
 時刻は6時半過ぎ。
 伸びをひとつしてからベッドを下りて、寝室を出る。リビングにも、キッチンにも彼女の姿はない。
 首を傾げていると、背後で水音がした。続いて、ドアが開き、閉められる音。振り返ると彼女が手洗いから出てきたところだった。
 「あ、そこにいたのか。おはよう」
 「……おはよう」
 応じる彼女の声は、いつもの明快さがない。伏し目がちで、曇った表情をしている。
 その様子と、さっきまでいた場所とで、原因がなんなのか予測はできた。だがあえて気づかなかったふりで「どうかした?」と尋ねる。
 「……来ちゃった」
 答えは予測通りで、それ以上何も言わないところに、彼女の落胆ぶりがうかがえる。
 「ん、わかった」
 だから自分も、この2語以外にはコメントしづらい。初めのうちは、気にするなとか次があるからとか付け加えていたのだけど、それらの言葉が彼女に全然効果を及ぼしていないのに気づいてからは、逆に口にしにくくなってしまった。
 「着替えてくるね」
 と彼女は言い、寝室へと戻っていく。その後ろ姿を、複雑な気持ちで見送った。

 大学時代から付き合っていた彼女、友美と結婚して、今年の3月で丸2年になった。
 予算の都合上、先に同居して籍を入れて、約1年後に結婚式と披露宴を行なった。二人で5年ほど貯金した成果で、念願の式に臨んだ彼女の喜びようとドレス姿の美しさは、今でも鮮やかに思い出せる。
 その時の写真は、リビングのキャビネットの上に式が終わった直後から飾ってある。
 お互い仕事も順調で、なにひとつ不足のない幸せな生活ーーに、最近では影が差してきている。
 子供のことだ。
 結婚当初から、彼女は子供をほしがっていた。
 個人的には、1年や2年は二人でのんびり過ごしてもいいんじゃないかと思ったけど、彼女の望みを退ける積極的な理由があったわけでもないので、最初から協力した。
 だが、2年過ぎた今に至るまで、一度も兆候はない。
 週1回はしている(もちろん何も着けていない)にもかかわらず、いっこうにその気配は訪れてこなかった。
 最初の1年ぐらいは、彼女も気楽な様子だった。「授かり物っていうけど、ほんとだね」と言いながら笑ってさえいたのだ。
 しかし1年半が近づく頃から、にわかに様子が変わってきた。生理が来るたび、先ほどのように顔を曇らせるようになった。いわゆる妊活に凝り始めたのもその頃からだ。リビングの机には常に、1冊か2冊はその手の本が置いてある。見る限り(ざっと流し読みしてみた限り)妙な主義とかあやしげな方法の本はないので、その点は安心しているのだが。
 とはいえ、最近は、思い詰め具合が心配だった。自分たちはまだ若いし絶対大丈夫、と言っても「でも30歳過ぎたら妊娠率下がるっていうし……」などと、マイナスな見解を頻繁に返してくる。彼女は彼女なりに当然いろいろ調べているのであって、それに基づいて述べられると、自分もあまり多くは言い返せない。そもそも、こればかりは「絶対」と言うことはできない問題だとわかっている。
 自分にできることならば、どんな手段を使ってでも希望通りにしてやりたい。しかしこの件に関しては、協力はできても決定権はないのだ。それが歯がゆくて辛かった。

 「……病院行った方がいいかな」
 朝食をとりながら、彼女がつぶやくようにそう言う。ここ数ヶ月、月1回は恒例で聞く台詞だった。
 不妊治療専門のクリニックが、自宅からも職場からも遠くない場所にあるのだという。彼女が最初にその話を持ち出した時、さすがに心配しすぎではないかと思った。自分たちはまだ27歳、30歳までの間だって充分にあると言ったのだが、彼女は気になるらしかった。できにくい原因が何かあるのなら早く治療するに越したことはないからと。
 だがそうは言いながらも、実際に行くことにはまだ、躊躇を感じているようだった。もし自分に原因があったらどうしよう、そんなふうに考えていることが察せられた。
 尋ねる形で口にしながらも、こちらを見ようとはしない彼女の様子も、いつもと同じだ。だから自分も、いつもと同じ意見を述べる。
 「友美が行こうって思うなら行ったらいいよ。けどその時は、事前に言ってほしい。俺も一緒に行くから」
 「いいよ、そんなの」
 「よくない。原因があるにしたって、どっちにかはわからないだろ。最初からまとめて検査する方が、向こうにも話が早いだろうし」
 必要以上にと思われるくらい、きっぱりと言う。
 独自に調べたところによれば、世間の不妊原因の半分は、男性側にあるという。こと、こういう問題においては、プライドを盾にして検査に行かない男も多いらしい。
 プライドが大事ではないとは言わないが、重要視する方向を間違っていると個人的には思う。男の面子にこだわるより、妻の、彼女の悩みを解消するためにできることは全部してやる方が大事だ。
 ……それにしても今朝は、表情の曇り具合がこれまでの中でも濃い気がする。そこで、ひとつの事柄が頭にひらめいた。
 「うちの母親から、また連絡あった?」
 と聞くと、彼女の表情が固まった。それで確信はしたけれど、回答が返ってくるまで辛抱強く待つ。
 「……うん、一昨日。『最近どうしてる、元気?』って」
 「それだけじゃないだろ」
 「ーー、『子供は?』って聞かれた。残念ながらまだです、って言ったら『そう、まあ焦ってもしかたないわね』って。お義母さんも残念そうだった」
 そこまで言って、うつむいてしまう。予想通りの展開に、心の中でため息をついた。
 彼女と、自分の母親の仲は、決して悪くない。むしろ良い方だと思う。聞き上手で出しゃばらず料理も得意な彼女のことを、引き合わせた時から母親は気に入っていたし、彼女も、他は男だけの家庭内で自然と増えた口数がもはや習い性となった母親のことを、苦にしている様子はなかった。祐紀(ゆうき)に似て真面目な人だね、と自分では思ってもいなかったことを彼女が言ったこともある。
 世間でとかく話題になりがちな嫁姑の問題は、とりあえず自分たちには縁がなさそうだ。そう思っていたのだが、最近は100%そうは言えないかも、という気がしている。もちろん諍いなどは起こっていないが、母親が、電話や帰省のたびに彼女に、子供のことを尋ね続けているからだ。
 母親は20年ほど前に、自分の弟か妹になるはずだった子供を、産む前に亡くしている。だから妊娠が微妙なものであることを他の親よりはわかっているはずなのだけど、自分が一人息子であるせいか、嫁である彼女にはどうしても期待してしまうらしい。
 そして、彼女もそんな期待を充分以上にわかっていて、がんばって義両親に孫の顔を見せてあげないと、という使命感を持っているようだった。その思い自体は有難く感じるが、そのために彼女が思い詰めていては本末転倒だという気がする。
作品名:gift of us 作家名:まつやちかこ