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敵もさるもの

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 パチン「先手5六歩」

 ふん、定石どおりね、面白くもなんともないわ。棋聖だなんていってもしょせんロートル。いずれあたしのような才気あふれる若い棋士に王者の座をあけ渡すことになるのよ。フフ、さあこれでどうかしら。

 パチン「後手6四銀」

 あらあら驚いちゃって。そんなに大汗かいてどうしたのかしら。可哀想だけどこの勝負、どう考えてもあたしの勝ちね。しめしめ、このままいけば晴れて新棋聖の誕生よ。雑誌の取材くるかしら。この対局が済んだらさっそく美容院へ行かなくっちゃ。

 パチン「先手8三歩、成り」

 おやまあ……このおっさん考えたわね。背水の陣ってやつ? ない知恵しぼっちゃって、髪もうすけりゃ知恵もないってか。ウフフ、でもおあいにくさま。この程度の手筋、とっくに読んじゃってますけど。あらよっと。

 パチン「後手7三桂」

 あはは、驚いてる驚いてる。あたしの明晰な頭脳によって裏打ちされたこの鉄壁の守り、そう簡単に崩せるわけないのよ。さあ、お次はどう来るかしら? 7三銀で桂をとるのかしら? そうすると、あたしはそれを竜でとっちゃうけどねー。

 パチン「先手7三銀、成り」

 きゃははは、ひーっかかった、ひっかかった。

 パチン「後手7三竜」

 ばーか、こんな単純な罠に掛かりおって。ふん、棋聖が聞いてあきれるわ。ほれほれ、あぶら汗流してないで、もう参ったしちゃいなさいよ。

 パチン「先手5六角」ひっくしょん!

 きゃあっ、なによこいつ汚いわねえ。あたしのおニューのスーツに鼻水が飛んできたじゃないの。これ新調したばかりなのよ。腹立つわあ。……っといけない落ち着かなくちゃ。ここは冷静にね。ええと次の手は何だったかしら……あ、そうそう、これよこれっ。

 パチン「後手8四馬」

 ふう、あぶないあぶない。あやうく取り乱すところだったわ。勝てる勝負なんだから、余計なことに心を乱しちゃいけないのよ。落ち着いて、敵の挙動に惑わされず、勝利への道をただ邁進すればいいのよ。

 パチン「先手4一金」ずずずずーっ……げぷ

 なにこいつ! いま、げぷってしなかった? お茶すすって、げぷって。なんて下品なやつなの。これのどこが棋聖だってのよ。ほんっと腹立つわあ。よくもまあこんな奇麗なレディに向かって、げぷっだなんて……。いけないいけない、次の手を考えなくちゃ。えーと何だっけ、ああ、もう忘れちゃったじゃないの。うー、今こいつが金をそこへ動かしたんだから、あたしは9一桂成り、いやいや違う、それじゃ相手の角で桂馬を取られちゃうわ。そうじゃないのよ、ここは確か6六歩で相手の角を封じておいて、ええい、面倒だ!

 パチン「後手7二馬」
 パチン「先手4八金」ぶびっ

 げげっ、今の屁? ねえ屁? こいつ屁こいた? 棋聖戦で? ふつうこの緊迫した場面で屁こくか? あーもーダメっ、あたしもう嫌っ。こんなやつと将棋さすなんて耐えられない。ほらあ、この先どうするか分かんなくなっちゃたじゃないの。うー、うー、7八金だと角を取られちゃうからダメだし、7七歩だと金が寄ってきちゃうし……、う、臭っ、こいつの屁マジ臭せえ。あーもー早くこの戦い終わらせて家に帰りたいっ。もうこうなったら少々強引でも攻め込んで、さっさと引導渡してやるわっ!

 パチン「後手5六歩」
 パチン「先手6七桂成り」ひーっくしょん! ぶぶっ、ぶびびび……ぶりっ

 きぃーーーーーーーーーーっ!
作品名:敵もさるもの 作家名:Joe le 卓司