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⑨残念王子と闇のマル

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花の都の王


陽が落ちて辺りが暗闇に包まれる頃、ようやく城へ着いた。

「おかえりなさい。」

いつも通り、聖華が笑顔で理巧と麻流を出迎える。

「お!カレン、久しぶりだなぁ!なーんか髪が伸びて、更にチャラくなってねーか!?」

相変わらずの軽い調子で、楓月がカレンに声を掛けた。

理巧と麻流は、カレンの後ろに静かに控えている。

「お久しぶりです、セイカ様、カヅキ様、ギンガ様。」

笑顔で跪くと、カレンは頭を下げた。

「…空はどうした?」

銀河の問いに、3人は一瞬体をふるわせ、頭を下げたままジッとしている。

「…。」

聖華と楓月はそんな3人を静かに見下ろし、銀河は太陽へ視線を移した。

「兄上は…下山に手間取っているようです。」

太陽が答えると、聖華と楓月が横目で視線を交わし合う。

銀河は目を見開いて動揺を隠さないけれど、現女王と次期国王は表情を変えなかった。

「疲れたでしょう。今日はゆっくり休みなさい。」

穏やかな口調で労う聖華は、変わらず柔和な笑顔を浮かべている。

『どんな時も、決して感情を表に出さないのが、王たるものですぞ。』

カレンの脳裏に、爺やの教えが蘇った。

カレンは口を引き結ぶと、口角をキュッと上げて聖華のように微笑んでみせる。

「ありがとうございます。」

そして優雅に立ち上がると、麻流と理巧に向き直った。

「部屋へ案内してくれる?」

カレンの言葉にホッとした様子で頷いた麻流と理巧が謁見室を出ようとした時、楓月が口を開く。

「理巧は残りな。」

その途端、理巧の肩が跳ね上がり、緊張が見てとれた。

カレンは、理巧を背に庇うように立つと、にっこりと微笑む。

「リクには千針山越えで、かなり負担をかけました。今日はこのまま休ませてやりたいのですが…。」

すると、楓月が『国王の笑顔』で答えた。

「星一族にカレンの護衛を依頼したのは、おとぎの国だ。早く『正確な』報告をしないといけないんでね。『頭領の帰りが遅れている』なら『次期頭領』に報告をしてもらう必要があるんだよ。それに」

柔和な笑顔ながらも威圧的な楓月は、カレン越しに理巧を鋭く見つめる。

「女王様も息子の私も、『空様』のお戻りがなぜ遅れているのか、気になるしな。」

カレンはちらりと理巧と麻流を見ると、楓月に近づいた。

「その場には私もいました。それならば私からご報告を」

「『身内』じゃねーと、母上が感情を出せねーんだよ。」

楓月が仮面を外すように、笑顔を消す。

カレンはそんな楓月に一瞬真顔になったけれど、すぐに華やかに笑ってみせた。

「それなら、僕も『身内』でしょ?」

そして笑顔のまま、玉座に一歩近づき跪く。

「セイカ様。世界中に『マルと正式に婚約した』とふれまわった今、僕はもうあなたの義理の息子ですよね。」

聖華は玉座からジッとカレンを見下ろしていたけれど、ふっと微笑んだ。

「そうね。」

同意した聖華を、楓月は一瞬ふり返り、すぐにカレンを真顔で見つめる。

そんな楓月を、カレンも笑顔を消して見つめ返す。

「…リクとマルは、目の前で起きた出来事に、動揺しています。とてもそれを口に出せるほど、まだ心の整理はついていない。この僕でさえ」

そこでカレンはぐっと奥歯を噛みしめると、ふるえそうになる声をなんとかおさえた。

「実の息子でない僕でさえ…思い出したくない。夢であってほしいと願っています…だから…」

そこまで言った瞬間、カレンは後ろから抱きしめられる。

そして、白くて細い指が、そっとカレンの口をふさいだ。

「ありがとうございます…カレン…。」

涙声で、カレンは再びぎゅっと抱きしめられる。

「私たちを思いやってくださって…」

「マル…。」

カレンのエメラルドグリーンの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「私から、ご報告致します。」

そんなカレンの前に進み出ると、麻流は兄の前に跪く。

「姉上、私が。」

カレンのおかげで、ようやく冷静さを少し取り戻せた理巧も、麻流の隣に跪いた。

そんな弟妹を楓月は見下ろした後、玉座から降りてきた聖華に椅子を用意する。

カレンは立ち上がると麻流と理巧の間に跪き、二人の肩を抱いた。

そして、3人で声をふるわせながら、目の前で起きた事をそのまま報告する。

太陽は途中で背を向け、銀河は口を手で覆い、楓月はその表情を歪めた。

けれど、聖華は変わらない無表情で、3人をじっと見る。

「…聖華…。」

銀河がふるえる声で名前を呼ぶと、聖華は耳たぶにそっと手をやった。

そこには、空の黒水晶のピアスが…。

「大丈夫よ。」

ぽつりと呟かれた声は、あまりに無機質で、その場にいた全員が聖華を見つめた。

「空は、いつもこうなの。」

聖華は3人を見つめたまま、淡々と言葉を紡ぐ。

「今までだって、何度もあったわ。空の死亡説。」

一見、冷静に見えるけれど、その瞳は瞬きひとつしない。

3人を見つめているようで、その瞳は何も見つめておらず、蝋人形のようだ。

「でも、必ず戻って来たから、今回もきっとそうよ。」

言葉とは裏腹の、あまりにも危ういその様子に、太陽が聖華を抱きしめる。

「聖華!」

すると、聖華は耳たぶをぎゅっと握りしめ、ふっと笑った。

「空は必ず戻ってくるわ。…空が生きる場所は、ここなんだから…。」

遠くを見つめたまま紡がれる言葉に、楓月が歯を食いしばって顔を背ける。

カレンは拳を握りしめると、聖華の前に進み出た。

「…今から理巧と麻流と3人でもう一度、千針山へ登ります。」

カレンは聖華のドレスの裾を手に取ると、そこに口づけ誓う。

「必ず僕たちで、空様をお連れ致します。」

そんなカレンを、聖華は無機質な碧眼で見下ろした。

「そんなこと、させられない。」

背筋がぞくりとするような冷たい声に、カレンは顔を強ばらせる。

「空が命懸けで護ったあなたに万が一のことがあったら」

淡々と紡がれる言葉にカレンはごくりと喉を鳴らしたけれど、にこりと微笑んでそれを遮った。

「これ以上、花の都に貸しをつくるわけにいきません。僕が即位した後、対等な外交ができなくなりますから。」

冗談めかして言いながら、立ち上がる。

カレンに続いて麻流と理巧も立ち上がり、3人で一礼すると身を翻した。

「待ちなさい!」

聖華が珍しく声を荒げるけれど、カレンはふり向いて軽く会釈しただけで部屋を出る。

静かに閉まる扉を見つめながら、聖華は空からの最後の手紙を胸に抱きしめた。

「空…。」

掠れた声で小さく呟く聖華の肩を、楓月はそっと撫でる。

そして叔父二人それぞれと視線を交わし、母を預けた。

楓月はそのまま足音を立てずに謁見室を出ると、廊下の奥に見えるカレン達を追いかける。

「俺も一緒に行く!」

意外な申し出に、3人は驚いて楓月をふり返った。

「何言ってんですか?王位継承者の分際で。」

麻流が冷ややかに、楓月を拒む。

「はは、なんだよ『王位継承者の分際』って!」

楓月は軽い調子で笑いながら、マントを外した。

「それ言うなら、そこの『カレン様』だって同じだろ?」
作品名:⑨残念王子と闇のマル 作家名:しずか