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バレンタイン殺人未遂事案

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「雄介……はい、これ」

 雄介は中学三年生、この時期は私立高校の入試が盛んに行われているし、合格発表や結果を受けての滑り込み出願などで生徒の姿はまばらだ。
 雄介は野球部の朝練から上がって来た所、既にスポーツ推薦での進学が決まっているので、トレーニングは欠かせない。
 雄介を待っていたのは幼馴染の鈴実、前年度生徒会長だった鈴実は公立進学校への推薦が決まっているのだ。

「何だよ、これ」
「チョコに見えない? 頭だけじゃなくて目まで悪くなった?」
「バカにすんなよ、だけど、なんで俺にチョコなんか」
「新聞の日付欄も見ないのね、今日は何月何日?」
「え~と……まあ、確かに新聞は見てねぇけど……二月十四日だったか?」
「当たり、雄介にしちゃ上出来だけど、二月十四日って気付いても、それが何の日かピンと来ないところが雄介ってる」
「なんだ、その『雄介ってる』ってのは、ちゃんと知ってらぁ、バレンタイン……あっ! やべぇ!!」
「何? あたしがチョコあげると『やべぇ』なの? 毒なんか入ってないわよ、一応」
「ち、違うんだ……やべぇ、俺、殺される!」
「雄介を殺しても一文の得にもならないと思うけど……誰がそんな手間のかかることすると思うの?」
「妹だよ、妹!」
「裕貴ちゃんが? どうして?」
「いや、今朝、台所のテーブルにチョコが一杯並んでたんだ、それこそ一面に」
「それ、多分手作りチョコね」
「ああ……それを俺は……食っちまった……」
「あちゃぁ~……それは殺されても文句言えないわ、小学六年生女子の殺人動機としては充分ね」
「だ、だけど、一個だぜ、たくさん並んでる中の一個だけ」
「一個ねぇ……裕貴ちゃん、きっと綺麗な箱とか用意してたと思うな、綺麗な包装紙とリボンもね、でも、一個でも足りないと箱の中でガサガサ動いちゃってせっかく綺麗に作ったのが台無しになるかも」
「で、でもよ、ミッキーの形とかハートの形とかじゃなかったぜ、ただ丸めてあってカビが生えてるみたいな」
「ココアパウダーをまぶしてあったのね、手作りチョコ確定だなぁ、その上、箱の中でガサガサ動くとせっかくまぶしたココアパウダーが剥がれちゃうなぁ……雄介はそれをつまみ食いしちゃったんだ、バレンタインってことも気付かないで、裕貴ちゃんの努力の結晶を無造作にポイっと口に放り込んじゃったんだ……美味しかった?」
「う……美味かった……」
「でしょうねぇ……真心込めて作ったんだろうなぁ、好きな人の顔を思い浮かべながら、一生懸命、夢見るような気持ちで……ああ、可哀想な裕貴ちゃん」
「ど、どうしよう……」
「まあ、素直に殺されるのね……でも、あたしがあげたチョコだけは食べてから死んでね、スーパーで税込み648円のチョコが雄介の最期のおやつになるの、絞首刑にされる人も最期に好きなものを食べさせてもらえるって言うし」
「さ……最期の……」
「そ、最期の……お葬式には行ってあげるわね、中学生だからお香典は出せないけど、お棺に生花をちりばめる時は両手に一杯抱えられるだけ抱えて、ドバーってぶっかけてあげるから」
「ど、どうにかならないかな……」
「食べちゃったものはどうにもならないわね、買ったものなら替えも効くけど手作りチョコはねぇ……」
「なあ、頼むよ、なんとか……」
「潔くないなぁ……魔法使いじゃないんだから拝まれたってどうにもしようがないし、雄介の命乞いをあたしが肩代わりしなきゃならない義理もないし……骨は拾ってあげるから安心して死になさい」

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 その日の放課後、コンビニのイートインコーナー、小さなテーブルを挟んで鈴実と裕貴は向かい合っていた。
「うん、大丈夫だったよ、元々お父さんとお兄ちゃん用にもちょっとづつ作ってあったから……毒見用に」
「良かった……雄介から一個食べちゃったって聞いて心配してたんだ」
「ありがとう、心配してくれて」
「雄介があんまりうろたえてたから……あれでも悪いことしちゃったって本気で思ってるんだから許してあげてね、悪気があってしたわけじゃないし」
「悪気がなければ良いんだったら、交通事故はみんな無罪だけどね」
「つい、出来心だったのよ」
「出来心で済むなら、泥棒もみんな無罪だけどね……でもわかった、お兄ちゃんを死なすのは止めておく」
「お願いね」
「ん~、そうだなぁ……鈴実さん、お兄ちゃんにチョコあげた?」
「スーパーで買った648円のやつならね」
「喜んだ?」
「裕貴ちゃんのチョコの事で頭一杯だったみたい、さっき部活の前に食べてるのは見たけど」
「ひとりで?」
「え? ええ……別に誰かに分けたりしてはいなかったな」
「そうじゃなくて、こっそり?」
「それはわからないなぁ、今の時期、誰も放課後に残ってたりしないからね、必然的にひとりになるから」
「そうかぁ……決めた、1/4殺しにしておく」
「1/4殺し?」
「半殺しの半分、隠れて一人で食べたんだったら無罪放免だったんだけどね、そこははっきりしないから回転後ろ回し蹴り一発だけ入れて許す」
「隠れてたらって……」
「もしそうなら鈴実さんの気持ちをわかってたって事でしょ? でも怪しいから一発だけは入れとく」
「だって、スーパーの648円よ、そんなのって義理チョコだと思うでしょ?」
「本当に義理だった?」
「え?」
「鈴実さんが心配したのはあたしのチョコ? それともお兄ちゃん?」
「……核心衝いてくるなぁ……雄介って脳みそまで筋肉で出来てるみたいな奴だけど、さすがに手作りチョコ渡したら意識すると思うのよね、中学ももうちょっとで終わりだしさ、妙に意識されてぎこちなくなるのも嫌だし、だからって気持ちを全然伝えないのも嫌だし……」
「そこのバランスが648円ってわけ?」
「まあ、そう言う事になるかな……ほら、家は近いから高校生になっても会えなくなっちゃうわけでもないし……でも、毎日会う事は出来なくなるんだし……」
「それでいいの?……脅かすつもりはないけど、お兄ちゃんってバカでお調子者だけど、野球してる姿だけはカッコ良くない?」
「ん~……まあね」
「無神経でガサツだけど、根は優しいし」
「そ……そうね……」
「捨てたくなったらいつでも捨てて良いからさ、一応首輪だけは付けといたら?」
「裕貴ちゃん、それはちょっと言い過ぎ……」
「首輪、つけておかない? それとも野放しにしておく? 脳筋だからさ、フラフラとどっか行っちゃって帰ってこないかも」
「……それは……ヤダ……」
「だったらさ、今から家に来ない?」
「え?」
「お兄ちゃん帰って来るまでまだ時間あるでしょ? 手作りチョコの材料、まだ結構余ってるから」
「……うん……そうする……ありがとう、裕貴ちゃん」
「いいの、あんなんでも兄貴は兄貴だし、鈴実さんみたいにしっかりした頭の良い女性がついていてくれると、妹としても安心だからさ」
 裕貴はそう言うと、悪戯っぽくウインクして見せ、鈴実は釣られて笑った。
「お菓子つくりは苦手なのよ、よろしくお願いします、裕貴先生」

(終わり)
作品名:バレンタイン殺人未遂事案 作家名:ST