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⑦残念王子と闇のマル(修正あり2/4)

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かみあわない歯車


思いがけない理巧の言葉に、カレンは瞳を揺らす。

「…は?」

理巧は、涙で濡れた黒水晶の瞳を、カレンに真っ直ぐに向けた。

「姉上の妊娠がわかった時、状況から鑑みてカレン様のお子でないと思い、父上達はお二人を別れさせたのです。」

「…。」

カレンは、麻流のお腹を再び見つめる。

「けれど、カレン様と別れた事が受け入れられなかった姉上は…心を病んで…流産してしまいました。」

理巧はふと視線を横に流すと、カレンから瞳を背けた。

「その後、遺伝子検査でカレン様のお子だったことがわかりましたが姉上は」

「なんで」

ふるえる声に遮られた理巧は、カレンのエメラルドグリーンの瞳を再び見る。

「じゃあ…なんで、別れたまま?」

カレンは、言いながら麻流をぎゅっと抱きしめた。

「キースの子じゃなかったんなら、何も問題ないじゃん?…忍ってことだって、そもそも父上は」

「姉上が…記憶を失くしているからです!」

理巧が、強い口調でカレンの言葉を遮る。

「姉上は…あなたのことを、忘れています。」

理巧は、暗く深い闇を湛えた瞳でカレンを見上げた。

「おとぎの国に任務で赴いた4年前の記憶から全て…。」

カレンの顔から、一気に血の気が引く。

「…ぼ…くの、こと全部?」

青ざめたふるえる唇で、カレンはなんとか言葉を紡いだ。

「はい。」

理巧の瞳から、涙が一筋流れる。

「心を病んで記憶を失くした姉上を見て、父上は…その記憶が二度と戻らないようにする術をかけました。」

理巧は、唇をぎゅっと噛みしめ、息をひとつ吐いた。

「二度と解けない術です。」

エメラルドグリーンをとらえていた黒水晶の瞳は、眠ったままの麻流を哀しげに見つめる。

「無理やり解こうとすると…廃人になります。」

そして、床に手をついて、深々と頭を下げた。

「すべて、私のせいです。私があの時に姉上の技量に興味を持ったりしなければ…!本当に、申し訳ありません。」

最後の言葉は、涙声でよく聞き取れなかった。

カレンは、体を震わせて泣く理巧を茫然と見下ろす。

きっと、理巧が声をあげて泣くのは、赤ちゃんの頃以来であろう。

幼い頃より忍としての頭角をあらわし、神童とまで謳われれてきた理巧が、初めて感情をあらわにした。

カレンと理巧はまだ知り合って間がないけれど、今の理巧の姿が有り得ない事は充分に理解できる。

そして、どのくらい理巧が悩み苦しみ、罪を背負ってきたのか…まだ17才になったばかりの少年にはあまりにも重すぎるものを背負ってしまっていたのか…

それを思うと、とても責める気持ちにはなれなかった。

ただただ理巧と麻流が不憫でならない。

カレンは、同じ王の子として生まれたのにあまりにも違う生き方をしてきた姉弟に、言葉を失った。

「リク。」

カレンは、麻流を抱いたまま床に膝をつく。

「大丈夫だよ。」

思いがけない言葉に、理巧が顔を上げた。

「幸せってね、苦しいことや辛いことがないと、感じないんだって。」

穏やかな口調で、カレンは理巧の銀髪を撫でる。

「ぼくは、幼い頃から愛情に飢えていた。『王子』として愛されるんじゃなくて、『カレン』として愛してくれる人をずっと求めていたんだ。」

理巧は、頭を撫でられながら麻流を見た。

「だから、マルが全てを捨ててぼくに寄り添ってくれていると知ったときに、本当に嬉しかった。マルが怒っても泣いても笑っても、それがぼくのことを心底思ってのことだと思うと、ぼくは本当に幸せだった。」

カレンも、愛しそうに麻流を見る。

「でも、その幸せは、ぼくがずっと寂しい思いをしていなかったらわからなかったと思うんだ。」

理巧とカレンは、お互いに視線を交わした。

「きみたちだって、そうでしょ?」

そして、再びカレンはふわりと微笑む。

「今まで苦しいことや辛いことが多かったから、マルはきっとおとぎの国での何気ない日常に幸せを感じたんだ。」

理巧は、小さく頷いた。

「だからね、忘れててもいいんだよ。」

カレンの意外な言葉に、理巧は再び切れ長の瞳を大きく見開いてカレンを見る。

「だって、マルが求めるものは同じでしょ?」

カレンは笑みを深めると、麻流の頬を撫でた。

「きっと一緒に過ごせば、マルはもう一度幸せを感じて、ぼくを好きになってくれるはず。」

理巧は、じっとカレンを見つめる。

「むしろ、キースとのことは忘れたままのほうがいいよね、マル。」

言いながら、カレンは麻流の唇に口づけをした。

柔らかに重なった唇がゆっくりと離れようとした時、ゆるんだマントからこぼれ落ちた麻流の手がピクリと動く。

理巧が目を見張る中、その手がゆっくりと持ち上がると同時に、瞼が開いた。

「!」

理巧とカレンが驚いた瞬間、麻流はカレンから飛び退き、素早く懐の手裏剣を両手に構える。

舞い上がった鮮やかな藍色のマントが床に落ちると、まるで野生の狼のように獰猛な表情で鋭い殺気を放つ麻流の姿が現れた。

「姉上。」

「マル!」

理巧とカレンが同時に、声をあげる。

麻流はギロリと理巧を見るけれど、声を発しない。

これは、自らの性別をわからなくする為で、女忍は極力声を出さない。

「姉上。」

理巧はもう一度声を掛けながら、麻流へゆっくりと近づいた。

けれど、麻流は後ろへ飛び退き、間合いを取る。

その動きと、手裏剣を構える様子には一分の隙もなく、さすがの理巧も困惑した。

「姉上…。」

状況を正確に把握しようと、理巧は麻流に近づくのをやめ、声を掛けながら様子をうかがう。

麻流は理巧を警戒しながらも、室内に素早く視線を巡らせた。

「これをお探しですか?」

理巧が、麻流の忍刀と暗器のついたベルトを手に取る。

「私がお預かりしていました。」

言いながら、それを渡そうと理巧が一歩足を踏み出したその瞬間。

「!」

カキン!

室内に、高い金属音が響き、弾かれた手裏剣をマルが素手で受けとめる。

カレンに向けて放たれた手裏剣を、理巧が麻流の忍刀で弾いたのだ。

訓練用なので殺傷能力はないけれど、その鞘には、手裏剣の傷がハッキリとついている。

「マル…ぼくだよ…。」

困惑でかすかにふるえるカレンの声に、麻流の獰猛な瞳が鋭く向けられ、再び手裏剣が構えられた。

ガシャン。

その意識を逸らすかのように、麻流の近くに忍刀と暗器のついたベルトが投げられる。

「…。」

理巧は武器を構えずにカレンの前に立ちふさがり、麻流へ感情の読めない瞳を向けた。

麻流は理巧を警戒しながら、忍刀とベルトに手を伸ばしたその時。

理巧の後ろから飛び出したカレンが、腰の剣を鞘ごとぬいて、麻流と忍刀の間に突き出した。

「!」

その瞬間、僅かに隙が出た麻流を抱き上げる。

「っ。」

激しく抵抗されるかと思いきや、抱き上げた瞬間、麻流は不自然に体から力を抜いた。

「マル!?」

カレンは慌てて麻流の顎を掴む。

奥歯に仕込んでいる、自害用の毒カプセルのことを思い出したからだ。

「姉上は、もう持っていません。」