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リードオフ・ガール

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「センター、あたしで良いんでしょうか……」
 試合後のミーティング、由紀は元々小さい身体を縮めるようにしながら小声で言った。
「確かに俺が相手チームの監督だったとしても、センター返しを指示するかもな」
 光弘がこともなげに言う……やはり自分はチームの弱点なのだろうか……。
「正臣みたいに緩急自在のピッチャーだと、引っ張りにかかると術中に嵌まるからセンター返しが一番理にかなってるんだ、豪快な様でいて緻密なバッティングをする良いチームだったよ、4番まできちんとそれを徹底して来たからな」
「あたしを狙ったんじゃ……」
「例えば由紀がレフトだったとしても俺なら狙わせないね、肩は確かに弱いけど由紀を抜くのは難しいからな、相手の監督はセンター返しを指示しただろうが、嫌なセンターだと思っただろうさ」
「でも、みんな次の塁を伺って……」
「そりゃ伺うさ、野球ってのはそういうスポーツだからな、だけど実際に進塁を許したか? 1回の4番なんかアウトにしたじゃないか」
「あれは中継が……」
「中継も含めての守備さ、完全無欠の選手なんてそうそう居るもんじゃない、チームとしてどう守るかなんだよ、幸彦と達也はどうだ? 同じ外野手として由紀をどう思う?」
 まず、レフトの達也が口を開いた。
「あー、俺って足が速いほうじゃないですから、センターに由紀が居てくれると心強いです」
「その分、肩では由紀を補おうと思ってるだろ?」
「はい」
 ライトの幸彦も。
「俺は達也よりも足が遅いですからなおさらです、左バッターの時は少しライン寄りに守れるから助かります」
「……だ、そうだ、バッテリーはどう思ってる?」
 光弘にそう振られて、キャッチャーの敦が口を開いた。
「センターの守備が固いのは心強いですよ、正臣は球威で押すタイプじゃないから、コースが甘くなると怖いですけど、やられたと思った打球を何本も捕ってくれてますから助かってます」
「俺、今日みたいにセンター返しを狙われるのが一番嫌なんですけど、そのセンターが上手いと安心ですよ」
 正臣が敦の言葉を補足した。
 それらを聴いて光弘も満足げに頷いた。
「だ、そうだ、自信持って良いみたいだぞ、由紀」
 由紀はちらりと慎司を見る、と、慎司は小さく頷いた。
 そして英樹は皆の話を真剣に聴いていたが、由紀が送った視線には気付かない様子だった。

D (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ!  (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!

 準決勝の相手は技巧派のピッチャーを中心に固い守りで失点を最小限に留め、機動力を駆使した攻撃で小刻みに加点する、サンダースと似たタイプのチーム。
 ピッチャーはサイドスローノサウスポー、スピードはさして無いがコントロールが良く、大きく曲がるスライダーは左バッターばかりでなく、右バッターの懐をえぐって来るので打ちにくそうだ。
 打線は長打力こそあまりないが繋がりが良く、俊足の一番が得点源、シュアなバッター、器用なバッターが揃う中で、4番は長打力もある、しかし、一番厄介なのは守備だ、固いばかりでなくそれぞれの守備範囲も広く、打たせて取るタイプのピッチャーを守り立てる。

「今日はセーフティバントのサインを出すぞ」
 試合前、光弘は由紀にそう告げた。
 徹底的にセーフティバントの練習をさせたにもかかわらず、ここまでそのサインを出さなかったのには光弘なりの計算があった。
 由紀のセーフティバント成功率は5割程度と踏んでいる、充分に高い確率だが、『意表を突いたセーフティバント』なら8割の成功率があるとも踏んでいるのだ、『ここぞ』と言う場面で使いたい、それまでは秘密兵器として隠しておきたいと考えていた。
 それに2、3回戦の相手ピッチャーはいずれも速球派だったことも関係している、球威で押そうとするピッチャーから由紀がフォアボールを取れる確率も5割程度、ならば無理にセーフティバントを使う必要もなかったのだ。
 だが、今日の相手ピッチャーはコントロールを身上としているタイプ、歩かせてもらえる可能性は低い、しかも接戦が予想されるので『ここでどうしても一点欲しい』と言う場面が訪れるのではないかと言う予感もある。
 
  由紀の第1打席、コントロールの良い相手投手は的の小ささをものともせずにストライクを先行させて来る、1-2からの4球目、低めのストレートを上から叩いて高いバウンドのサードゴロを放つが、それも相手の想定内、サードはバウンドを待たずに突っ込み、ショートバウンドでゴロを捌くと素早く送球、由紀はファーストベースの一歩手前でアウトにされた。
 2打席目、3打席目も同様、早めに追い込まれてゴロを打つが、相手の守備は崩せなかった。
 予想通り、試合は固い守りにも助けられて投手戦となり、試合は0-0のまま淡々と終盤まで進んだが、6回の裏、サンダースにピンチが訪れた。
 ツーアウトまでこぎつけたが、相手の一番バッターはセーフティバント、サードの慎也は由紀のセーフティバント練習に付き合っているのでバント処理のスキルは高い、素早くダッシュして素手で拾ってファーストへ送球したが。
「セーフ!」
 審判の両手が広がった、サンダースも由紀の足を武器にしているが、相手の一番も由紀に引けを取らない俊足、審判が思わずオーバージェスチャーになるクロスプレーだったが、勝巳のミットにボールが届くより一瞬早くベースを駆け抜けていた。
 由紀なみの俊足ランナーとあれば警戒しないわけには行かない、とりわけサンダースのバッテリーはその怖さを良く知っているのだ、その結果、ランナーを警戒するあまり2番に対してはアウトコース一辺倒の攻めになってしまった。
 それを予想していた2番はライト前に弾き返し、一塁ランナーは快足を飛ばして三塁に達した。
 ツーアウト一、三塁。
 当然のように一塁ランナーは盗塁して来たが、三塁ランナーの足を考えると迂闊に送球できない、サンダースはツーアウトニ、三塁のピンチを迎えた。
 光弘の頭には満塁策も浮かんだ、しかしネクストバッターボックスに控えている4番は、今日右中間と左中間に鋭いライナーを一本づつ飛ばして来ている、いずれも由紀がキャッチしてくれたが、並みのセンターなら抜かれていても不思議はない打球、満塁で外野の間を抜かれれば試合が決まってしまう……光弘は『勝負』のサインを出した。
 3番がバッターボックスに入る、キャッチャーの敦はバッターが一握りバットを短く持ていることを見逃さなかった。
 3番はシュアなバッターだが長打力はそれほどでもない、この場面では思い切り振り抜くよりも内野の頭を越える打球を心がけているに違いない。
「締めて行け!」
 敦がナインに声をかける。
 いつもなら『締まって行こう!』だ、『締めて行け!』は外野への『前に守れ』と言う指示なのだ、それを受けてサンダースの外野は相手に悟られないようにゆっくりと、2、3歩前進し、敦はインサイドにミットを構えた。
作品名:リードオフ・ガール 作家名:ST