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リードオフ・ガール

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 小川光弘、40歳、K奈川県のとある町でスポーツ用品店を営んでいる。
 高校時代は野球名門校に在籍し、小柄ながら好守、巧打、俊足の二塁手として主将を務めていた、甲子園まであと一歩、と言う所まで行ったのだが、憧れのグラウンドの土は踏めなかった。
 その後、東都大学リーグに所属する大学に進学、やはり主将まで務めたが、全国大学野球選手権は経験していない、卒業時にはプロ志願届けも出したが、プロから声がかかることはなかった。
 それでも諦め切れずに社会人野球に進んだが、1年目から故障に泣き、家業のスポーツ用品店を継ぐ事を決意して引退してから20年が経つ、5年前、父親が65歳になったのを契機に、今は店主を務めている。

 トップレベルでの競技は諦めたが野球が好きであることに変わりはない、草野球は今でも楽しんでいるし、野球の楽しさを子供たちに伝えるために少年野球チーム・サンダースの監督も務めているのだ。

 監督としての光弘は有能だ、子供たちの長所をいち早く見抜き、それを伸ばすアドバイスを与え、時には集中的な練習を課して自信をつけさせる。
 ただし、勝負に強く執着することはしない、むしろ、中学、高校と続けたくなることが肝心だと考えているのだ。
 光弘のチームは小学4年生から6年生までの総勢30人。
 昨今では私立中学を受験する子も多く、高学年になるほど人数が少なくなる傾向にある、今年の構成は6年生7人、5年生10人、4年生13人。
 光弘は極力6年生をレギュラーに据える様に心がけている、4年生、5年生と頑張って来て、最後まで試合に出られないのでは、野球を続ける意欲を失ってしまうだろうと考えるからだ。
 ただし、チームの和を乱すようなワンマンは許さない。
 かつて教えた子で、後に甲子園で注目された子もいた、当然、素質、実力共にずばぬけていたが、辛勝したにもかかわらずエラーをした子を責め、打てなかった打線をくさした事を理由にエースの座から降ろした、次の試合でトーナメントから脱落したが、光弘はそれで間違っていないと今でも思っている。
 少年野球は良くも悪くも入り口に過ぎない、大事なのはその後も子供たちが野球を続けてくれること、野球を通じて成長してくれること。
 それがスポットライトの周辺にいながら、光を浴びることがなかった光弘の考え方だ。

 しかし、今年のチームには手ごたえを感じている。
 市町村レベルの大会では圧勝続き、県大会に駒を進めているのだ。
 中心になっているのは主将でキャッチャーの古谷敦、学校の成績もかなり良いらしい彼は、緻密なリードと高い守備力を誇り、シュアなバッティングも信頼感が高い、リーダーシップも申し分なくチームのまとめ役として好適だ。
 エースは中原正臣、小柄で球速や球威は物足りないが、サイドスローからの緻密なコントロールと緩急自在なピッチングが特徴、敦のリードが最も生きるピッチャーであり、正臣も敦には絶対の信頼を置いている。
 もう一人、攻撃面での中心は四4番の広田勝巳、体が大きくパンチ力に優れるが、チームが押せ押せムードの時はシュアなバッティングを、劣勢の時は起死回生の長打を狙う柔軟さを備えているので、チームメイトの信頼も厚いのだ


D (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ!  (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!


「おい! 哲也! 大丈夫かっ!」
 県大会の1回戦は終盤まで0-0の投手戦になった。
 相手は優勝候補にも挙げられているチーム、とりわけピッチャーは大会屈指と言われるだけあって力のある速球を投げ込んで来る、チーム一のパワーを誇る勝巳ですら球威に押されて6回まではパーフェクトに抑えられていた。
 しかし最終回・7回の裏、先頭の1番・飯島哲也がフォアボールを選んで出塁した。
 それでもまだノーヒットノーランのペース、相手ピッチャーは気落ちすることなく、本来小技の上手い2番・土屋勝征も球威に押されてバント失敗のキャッチャーフライに討ち取られた。
 光弘は全てを勝巳に託す腹を決めて3番の敦にバントを命じると、敦は上手く転がしてくれてツーアウト・ランナー二塁。
「逸るなよ、高めのボール球にだけは絶対に手を出すな」
 光弘はそう言い聞かせて勝巳を送り出した。
 勝巳は指示通り高目を見逃してカウントはスリーボール・ワンストライク、光弘は歩かされることも覚悟したが、ピッチャーは次のボールを『置きに』来た。
 勝巳のバットが一閃、外角やや低めのボールをきっちりと捉え、強烈なゴロが一、二塁間を破る、少年野球では得てして外野の守備が浅いが、さすがに4番を迎えて深く守っていたライトが前進してボールを掴みバックホーム、哲也も俊足を飛ばして三塁を廻った。
「セーフ!」
 ホームベース上でのクロスプレー、相手キャッチャーのブロックをかいくぐって、ヘッドスライディングした哲也の左手が一瞬早くホームベースに触れたのだ。
 しかし、哲也はそのまま立ち上がれずに左肘を抱えている、タッチに来たキャッチャーにのしかかられてしまったのだ。
「うん……折れてはいないな……」
 光弘は哲也の左腕を確認して安堵の溜息をついた、しかし痛がり様からして靭帯を延ばしてしまっているようだ……。
 
 車で病院に連れて行くと、医師の見立ても光弘と同じ、しかも当分腕は吊っていないといけないだろうと言う。
 
 難敵相手にサヨナラ勝ちを収めたものの、光弘のチームは大事なリードオフ・マンを失ってしまった……。


 翌日の練習、光弘は全ての選手に目を光らせていた。
 哲也が守っていたセンターには俊足で守備の上手い栗田英樹かバッティングの良い泰山慎司、そのどちらかを入れるのが順当な考え方だ。
 しかし、英樹はリードオフ・マンには少し物足りない、バッティングはあまり得意ではなく、選球眼もいまひとつなのだ、慎司もリードオフマン・タイプではない、どちらかと言えばクリーンアップを打たせたいタイプなのだ、ならば2番の勝征を1番に据えようか、だとすると2番は? いや、勝征は2番でこそ輝くタイプ、代わりは見当たらないな……そんな事を考えている内に一人の選手が目に止まった。

 川中由紀、5年生の女の子だ。
 5.年生としてはかなり小柄な部類で、身長は130センチそこそこ、打てば非力で肩も弱い。
 ただ、その足の速さには目を見張るものがあるのだ、それこそ離脱した哲也に引けを取らない。
 野球における『足の速さ』はかけっこのそれとは多少異なる。
 少年野球の塁間は21m、リードとスライディングを考慮すれば中間走は16~7m、守備に於いても20mを全力で走るケースは限られる、つまり、以下に早くトップスピードに乗れるかがカギとなるのだ、その点、小柄ながら脚の回転が抜群に速い由紀は野球向きの俊足と言うわけだ、一塁から長駆ホームイン、と言うようなケースなら哲也だが、次のベースに進む、と言うようなケースなら雪に軍配が上がる。
 
「あー! ちょっとフリーバッティングは中断だ、由紀、センターに入れ!」
 由紀がチョコチョコとセンターの守備位置に入るのを見届けると、光弘はノックバットを握って打席に入った。
作品名:リードオフ・ガール 作家名:ST