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慈雨と甘雨 6

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草は日中の太陽光で暖められ体に触れるたびに背中の傷を刺激した。密に生えていたせいか草には蒸発せず生き残った水滴がところどころ付着しており、その水滴が背中に沁みるたびに傷の存在が露わになる。
 草を掻き分け視界を作り、また草を掻き分け、を繰り返し先に進むが、終わりが一向に見えなかった。かろうじて空に見える太陽のおかげで時間の感覚が保てているが、同じような景色の連続によって頭に痺れを感じ始めていた。
 草の群れが続くその風景は遠近感がずれ始めていくにつれ、四角や丸、六角形など草と草で囲まれた隙間に映る風景が独立した物語を出してきた。おうが正方形の隙間にぼんやりと現れ、丸い中には水に浮かぶ油模様が綺麗に漂っていた。


 一本大きな草を掻き分けると草と草の間に違う風景がちらっと見え、速度をあげ草の道なき道を終えた。
 次男蟻の小さな体以上の大きさの草が消えたことで、頭上にははっきりと太陽が顔を出し、視界は鮮明に目の前の空間を描き出した。連続した緑の風景の中では、次男蟻の知識やその他の行動すべてが無力化され、均一な時間が流れていたような気がしていた。
 最後の草に触れたまま、開けた視界の中に存在するものを認識しようとしたが、目の前の見たこともない風景認識するには知識や経験が圧倒的に不足しているようで、次男蟻は草をつかんだまま立ち止まってしまった。草が命綱の役割を果たしている。先に進むことを望むが、その選択に伴う不確実性が次男蟻の中に恐怖を生み出した。さらに目の前の知らない世界の色彩や形状がその恐怖を駆り立てる。

 どういうものが目の前にあるのか、見えるものを一切思考を通さず流し見る。後ろに生い茂る草の空間とは正反対で、草や木が一切生えていない均一な黒い大地がそこにはあった。その黒い大地へは本一冊ほどしか余地がなく、草から手を放し一歩進めば、足は確実にその黒い大地を踏む。
 一歩進むという想像をすると、突然目の前の黒い大地が本当は大地ではなく崖のようになっているのではないかと思った。昔、散歩をしたときに見た崖の様子を思い浮かべると、そこにあった風や、色が今、目の前にある黒い大地のものとは違うことがわかるが、あの家で知ったことはこの未知の世界では通用しないことはすでに承知の事実で、さらにあの青い目をしたおうの言葉から、この先にはよくないことが待っていることもわかるため、この黒い道が次男蟻の体数百、数千、数万の単位以上の深さがある崖に思えて仕方がなかった。
 その黒い道は均一な黒ではなく、太陽に照らされその表面(崖ならば存在しない表面)は煌びやかに反射している。黒い石がびっしりと詰められているような、その黒い大地。一歩を踏み出す勇気は出そうにもない。
 どこかで道を選び間違えた。そう思った。やはりあのおうのむらの正しい出口を出なかったため、カガクの災厄に遭遇してしまったのか。
 黒い大地の反射をみながら、青い目をしたおうの言葉の間違いに気づいた。あのおうは白い道があるといった。それもかなり広い。目の前の景色には黒い大地しかない。かなり向こうに木が見えるが、その間には白は一切見えない。もしかするとあのおうはこの光の反射を白だと勘違いして白い道があるといったのかもしれない。もしくはおうには黒というものが白く見えるのかもしれない。おうの目を通した風景を想像しながらこの先の道を考える。
 後ろを振り返ると草が変わらず生えている。掴んだ草は次男蟻の強い握りによって形をぐにゃっと変えていた。もう一度おうのむらに向かおうか。
 
 弱い風が草の奥から吹いているようで、草がときどき小さく揺れた。その程度の揺れでは草の奥は一切見えないが、草と草の輪郭がくっきりと判明する。

さーさー。
ささああすさあささささ。
しーしゅーさーざー。

風が草にあたり草が草にあたり音を出す。

 突然大きな音が草の奥から聞こえるとその太陽がいきなり強くなった。目を細めると同時にかなり強い風がひゅっと草の奥から突撃し、次男蟻の小さな体はそのまま投げ飛ばされた。掴んだ草はその途中でちぎれ、次男蟻が掴んだ一部だけが次男蟻とともに宙に浮く。た
 次男蟻の体が特別軽いというわけではないが、それほど大きな風だったということなのだろう。
 次男蟻の体が地面につき、その衝撃を全身の黒い部分が吸収し、反動で体の内側が沸騰するかのような感覚に見舞われると視界は反射的に閉じられ、しばらく目を開くことはなかった。そのため、自分の体がどこに着地したのか、それが不明なまま、衝撃が消えていくにつれ明瞭に体に伝わる地面の感触から判明していく。硬い、その地面の質感からいつもの草や、土の上ではなく、もっと固い、石だとか本の表表紙の硬さだった。
 硬いという感覚が大雑把に伝わった後、その感触の微妙なところが伝わってきた。そういう変化が訪れるということは、痛みも緩和されてきたということと同意なのかと思い、目をゆっくり開こうとすると打ち付けた背中が火傷の痛みとは別に打撲的な痛みを見せた。もう一度次男蟻は目を瞑った。
 伝わってきた微妙な感触を痛覚と共にもう一度味わっていると硬い地面に微妙な凹凸があることに気づいた。その凸の部分が背中の火傷にちょうど当たり、爛れた皮膚の内側に入り込んでくる感覚は痛覚以上に何者かの侵入による不快感のほうが大きいように感じた。
 顔面に照り付ける太陽が次第に黒い体を熱し始め、冬とはいえ、体が熱くなり始めたころ、なんとか開いた目でゆっくりと景色を眺めた。風に飛ばされ、どこかに倒れていることはわかっていたので、首を左右に振り景色を合成していく。
 次男蟻が記憶していた風景とはどうも違うところにいるようで、右の手にある草の欠片以外見覚えのあるものはなかった。一瞬太陽によって照らされた地面、次男蟻が倒れている地面が真っ白に見え、おかしなこともあるものだとあの青い目をしたおうの言葉が実現したことを不思議がった。
 太陽の光が黒い地面をそう見せているだけで、この白は砂漠でみる幻影のようなものの可能性も捨てきれない。しかし、そう考えるには白までの距離が極端に短く、さらに体に接していることから、次男蟻はこの白は現実に白いものなのだと確信した。
 
 強引に起きあがると背中の爛れた皮膚が一枚剥けたのか、背中に激痛が走り、起き上がったことにより背中が太陽に照らされその熱がさらに激痛を運んできた。外側からの痛みではなく、内側から広がる痛みは、おうのむらで起きたガスタンク爆発というものよりひどい痛みが生じる。外からの衝撃による痛みは、その破壊力によって生み出された音や、風圧によって掻き消され、遅延的に生じてくる。あの爆発からもうだいぶたつが背中の火傷の痛みはいまだに消えることなく、次男蟻の行動や思考に影響を出していた。
 痛む背中から気をそらすため、歯を食いしばり顔に力を入れる。誰も見ていないため、かなりひどい顔をしても気持ちは一切乱れず痛みを誤魔化すことに注力している。手に持っていた葉が離すとちょうど吹き込んできた風に飛ばされた。軽い、葉だから飛ばされ、葉よりもずっと重い次男蟻の体は飛ばされることはない。それほどさっきの風は強かったということだ。
作品名:慈雨と甘雨 6 作家名:晴(ハル)