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カンマルチカ
カンマルチカ
novelistID. 64184
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魂の渇き

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君とは、もう幾度目のご対面になろう。もはや挨拶も要らないらしいね、じゃああたしもしない。てゆうか、始めから君はそんなものくれなかったっけ。無断であたしの領域に踏み込んでおいて死なないとは、君は吸血鬼じゃないらしい。初めの対面で、あたしは君を名付けたね――そう<無気力>と。いかにも君らしい名辞はそれしか見当たらなかった。君の顔を見るだけであたしは無気力になった。どれだけあたしが熱中してても、あと僅かでその苦役から解放されようときでも、君と顔を合わせるなりあたしは手をパーにして何もかもを抛棄しなくちゃならなくなった。目と口を塞いで、ね。ほんとはミイラみたいに四肢をぐるぐる巻きにしてもらうのがいいんだけど、君には腕がないし、あたしひとりじゃできやしない。見透かしてるようだね。君は、身体を拘束されずともあたしが逃げだすと知ってる。あらゆるタスクを投げすてると知ってる。じつにゆるしがたい傲慢だよ。遠くへ遠くへゆこうとするごとに立ち現れあたしを跛行させる君は、さぞかし愉快なんだろうね。もうやるだけやった。そうやって甘やかして、もう死んでもいいかもしれないと思わせる。何かを望むときに代償をはらわねばならないこと、あたしは知ってる。でもどうして――どうしてよりによって君なんだ! 痛みならいくらでも耐えられる。手首を切るごとにあの子らを産めるのなら、あたしは皮膚のみならず片腕一本差しだそう。片眼も、片耳も、片肺も、片腎も、片卵巣も、あたし自身が絶えないかぎり、あたしは何も惜しくない。だのにあたしの悪魔はそんなもの需めてない。「舌が受けつけないんだ、悪いね」とでも飄々と言ってくれればいい。けど、かれにはそもそも口がない。口はあたししか持ってない。かれは何も奪わず、代わりに重い荷を負わせる。あの厄介な君――無気力を。君はいかにも鬱っぽく、脚に力が入らないみたくのそのそ歩いてやってきてあたしに取り憑いてあたしを漂白してしまう。記憶の消去、仕事の消去、今生築いた人間関係の消去、ハードディスクのデータ消去、言語野活動履歴の消去、発話動機の消去、身体意識の消去――いいや事態はもっとも根本的で、あたしは君に欲望を消去される。一切の欲望をだ! 欲望を失った人間は――いいや、欲望を失った生物はどうなるか。決まってるさ、餓死するんだ。何も哺乳類とか爬虫類とか、あるていど知能の発達した生物にかぎったことじゃなく、ミジンコとかアメーバとかタバコモザイクウイルスとかの原始生物だって同じこと。欲望は脳から走る電気信号のことじゃない、あれはただ欲望の一形態、一形式。鞭毛モータをくるくる回して液体中を泳いでゆく微生物、熱的なブラウン運動で液体中を泳いでゆくウイルス。彼らの捕食は偶然にして起こるように見えて、彼ら自身ちゃんと欲望してる。正しくは、獲物から剥がれた破片を追跡して捕食におよぶ。貼りついた標的細胞の膜を貫いて核酸を注入する。これは自然界においてごく自然な欲望のあり方だといえよう。けして、欲望を高等生物特有なものと決めつけてはいけない、ただ単語の用い方の問題なんだから。生存欲求も生存欲望も、ただ自己の系(システム)が生きようとするときに発動される――いいや、この言い方は正しくない。自らの身体が能動的(アクチュアル)に運動して、あるいは風とか水とか粘りけのある流体にながされるなり受動的(パッシヴ)に運動して、その結果自己保存されるとき、彼らには生存欲求あるいは生存欲望が働いたことになる。どっちが先かという因果関係はどうだっていい。たとえば鶏が先か卵が先かという問題があるけど、進化論者ダーウィンの言うことを信じれば、一番最初は卵でも鶏でもない原核生物だ。欲望が先か自己保存作用が先か、そんなことはどうでもいい。なぜなら、どっちでもないから。どうしても片付けたければ「神がそう造りたもうたのだ」ということにしたっていい。メイヤスーが言ってるとおり、より正しくあろうとする科学者は、祖先以前性――つまり人類誕生以前の地球史を語るにあたって、相関主義を克服した視座をまず手に入れねばならない。卵鶏論すら片付けられないくせに欲望の問題を解決しようなんて、そんなのはどだい無理な話、あまりにレヴェルが桁違い、何をやっても無駄、どうせ一生を棒に振るにちがいない。科学者として生きようと決めたのに哲学の問題から逃れられなくなるなんて! なんて不幸な人間もいたもんだ! ……ああ、そうだ。あたしに取り憑いた無気力は、他人や自らを嘲弄するときには躁状態を提供してくれる。皆もお前もくだらない、「存分にあざわらえ!」というわけ。あたしがそうすることで、あたしあるいは君がいっそうの憂鬱を手に入れ、肉体をいっそう使い物にならなくしてくれるとじゅうじゅう知ってるから。ああまったく、狡猾と理智は紙一重。恣意しだいで善意にも悪意にも転ぶ。とはいえ善とか悪とかはあたしという主観に照らしたときに決まるわけで、そういう意味であたしは純粋じゃない。純粋な君は無邪気で、善意も悪意も持ちやしない。だからいっそうタチが悪い。卑劣を知らない君は、もっとも卑劣なしかたであたしを苦しめている。もっとも卑劣なしかたであたしをいたぶってる。もっとも卑劣なしかたであたしをさいなんでる。あたしは長らく、自らを純粋な人間だと思ってきた。でもそれは相対のことだった。薄汚れた人間界にいるとき、あたしは比較的ケガレてない人かもしれない。けど、純度の高い一極の感情――無気力のような君を目の前にしてみると、いかにあたしが不純かを知るよ。ヤソ教の話をすれば、告解室で神父さまは聖化された鏡になるけど、あたしにはそんなもの要らないらしい。韜晦のくったくもなく、ただ正直な君さえいればいい。君はあたしの鏡で、というより拡大鏡(レンズ)のようなものかもしれない。どっちだって変わんない、か。
作品名:魂の渇き 作家名:カンマルチカ