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新しい挑戦(掌編集~今月のイラスト~)

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「よくここまで我慢してたなぁ、我慢強さはたいしたものだと思うけど、それが良くなかったな」
「はぁ……」
「疲労骨折って普通は骨の炎症止まりだけど、君のは亀裂骨折まで行っちゃってるね、ギプスをつけて二週間、練習開始までは二~三ヶ月かかるな」
「ええっ? 全日本学生女子駅伝は来週なんですけど……」
「その頃はまだギプスに松葉杖だよ」
「皇后杯は三ヵ月後だから何とか間に合いますよね?」
「練習開始までどんなに早くても二ヶ月、それまではジョギングも禁止だよ、それから練習を再開して間に合う?」
「それは……」
「残念だろうけど今回はあきらめた方が良いな、治りかけでレースに出たらまた傷める可能性が高いよ、ドクターストップを言い渡さないわけには行かないな」
 チームドクターでもある大学病院の外科主任は、気の毒そうな顔をしながらもキッパリと言い、尚美はそれをただうな垂れて聞くしかなかった。


 尚美は陸上競技長距離の選手だ。
 小学四年生の時、テレビで見た箱根駅伝に感動して、お年玉を握り締めてランニングシューズを買いに走った、それから今日まで走り続けて来たのだ。
 皇后杯、正確には全日本女子駅伝大会、毎年一月中旬に京都で開催される駅伝だ。
 都道府県別に中学生、高校生、大学生・社会人の混成チームを作って、42.195kmのマラソンコースを9区に分けて襷を繋ぐ。
 尚美は中学二年で初出場して以来、大学三年の昨年まで八年連続で地元代表チームに選ばれている、大学は箱根駅伝の常連でもある首都圏の名門に進んだが、出身高は地元だったので地元からの出場資格があるのだ。
 もちろん所属大学チームのエースでもあるから、十月中旬の全日本大学女子駅伝にも出場する予定で練習に励んでいた。
 ところが、夏場の合宿以来、脛に痛みを抱える様になってしまった。 大学も今年で最後と気合が入りすぎてオーバーワークになっていたらしい。
 最初の内は我慢できる程度の痛みだった、直に治るだろうと軽く考えて誰にも内緒にしていた。 しかし、治るどころか痛みは増すばかり、監督やチームメートにも隠せなくなって行って、別メニューの軽めの練習で回復を待っていたのだが、とうとうそれも出来なくなってしまい、監督命令でドクターの診察を受けることになったのだ。
 そしてその結果、大学での選手生活の集大成と位置づけていた大会、八年連続で代表に選ばれている愛着のある大会、その両方をあきらめざるを得なくなってしまった。

 全日本大学女子駅伝ではまだギプスが取れない状態、裏方としてチームメートをサポートすることも出来ず、ただ応援する他はなかった。
 忸怩たる思いと言うのはこういうのを言うのだろう、走りたい、チームも自分を必要としてくれていた、それなのに走れない……もどかしさと情けなさで体が萎んでしまうような思いでチームメイトの走りを見守っていた……。


「尚美、男子のサポートをしてやってくれ」
 ギプスが取れた頃、監督にそう言われた。
 男子のサポート……つまりは箱根駅伝のサポートと言うわけだ。
 それまで落ち込んでいた尚美だったが、光明が差したような心持だった。
 自分が走り始めるきっかけになった箱根駅伝、サポート役としてでもそれにかかわれる……。
 当然、並々ならぬ興味はあったのだが、この三年間は間近に迫る皇后杯への準備の為に、テレビで観戦するのが関の山だったのだ。


 一月二日、尚美は戸塚中継所で二区のランナーを待っていた。
 母校は一区でやや出遅れたものの、一年生ながら各校のエース級が揃う『花の二区』を任された選手がトップを充分に伺える位置まで挽回して中継所に飛び込んで来た。
 襷を渡すなり倒れ込む後輩を男子部員が抱きかかえてテントまで運ぶ、尚美は毛布をかけてやり、酸素ボンベを当ててやりながら目頭が熱くなった。
 全力を出し尽くした、と言うより身を削ってまでもそれ以上の力を出したその姿……尚美は零れ落ちる涙をぬぐおうとはしなかった、涙を流せば流しただけ心が軽くなって行くのを感じていたのだ。
 
 自分の区間を走り終えた選手とサポートメンバーは車で往路のゴール地点まで移動する。
 車内でもレースの状況は刻々と伝えられ、母校は五区までトップ争いを続けている。
 そして、ゴールの後ろで待ち受ける尚美たちの目に飛び込んで来たのは、拳を突き上げ、満面に笑みをたたえて快走するキャプテンの姿だった。
 同じ学部、同じクラスの彼とは、同じ長距離走者として特に親しい間柄。
 歓喜の輪の中に飛び込んで来る彼を、尚美も熱い気持ちで出迎えた。

 復路でもデッドヒートが繰り広げられたが、母校は終盤に差を広げて総合優勝を飾った。
 歓喜の輪の中でもみくちゃになる尚美、その心には、初めて『走りたい』と思ったあの幼い日の感動が蘇っていた……。


「思ったよりサバサバしていて安心したよ」
 レース後、郷里に戻った尚美は、両親と共に初詣に出かけていた。
「ホント、暗い顔してたらどう声をかけて良いか悩む所だったわ」
 母も笑顔を向けてくれる。
「うん……ケガで最後の二つの大会に出られないってわかった時はさすがに落ち込んだけどね、男子の箱根駅伝にサポートメンバーで参加して、なんか吹っ切れたの」
「そう言えば、尚美は箱根駅伝を見て走り始めたんだったっけな」
「そうそう、お年玉持ってスポーツ屋さんに駆けて行ったのよね、三が日はお休みよって声掛けたけど間に合わなかったわ」
「そうだったっけ?……でも確かに箱根駅伝見てすごく感動したのは良く憶えてる、それからずっと走って来たけど、ケガで走れなくなって、そのおかげで箱根に参加できて、もう一度初心に戻れた気がするの、今は練習を再開できるのが楽しみなの」
「でも急ぐなよ、ケガはちゃんと治してからだぞ」
「わかってる、社会人になっても陸上は続けるつもりだから、今は丁度良いリフレッシュ期間なのかも知れないと思ってるんだ」
「そうか、学校が始まるまで家にいるんだろう? 思う存分ゆっくりしなさい」
「うん、だけどね、新しい目標も見つけたの」
「ほう?」
「私ね、実業団に入ったらマラソンに挑戦しようと思ってる、チーム戦の駅伝も素晴らしいけど、長距離ランナーの最高の目標はやっぱりマラソンだと思うから」
「あらあら、大学を終えて地元の実業団に入って、ようやく娘が帰って来ると思ったけど、今まで以上に練習漬けになるのね」
「うん……おかあさんには迷惑かけるかもしれないけど……おとうさんにも……」
「いえいえ、ちっとも苦にならないわよ」
「そうさ、俺達は尚美の一番のサポーターだからな」
「ありがとう」
 両親の笑顔と温かい言葉に挟まれて、尚美は知らず知らずの内に心からの笑顔を浮かべていた。

(終)