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砂の海で

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空気を求めて本能的に上方向に向かうと太陽が見えた。大きく肺を動かすと口の中に細かい粒子が入ってきて、それを無視して呼吸を繰り返すとその粒子の味がアサリに似ていると分かった。私は砂を食べている。
 呼吸の落ち着きと共に視界がはっきりとしだし、目線いっぱいに海のように波打つ白い砂を見た。柔軟性に優れた砂海の中に首から下を隠しているのが私だった。
 体は砂粒の圧迫というより水の浮力に包まれているといった方がよさそうだ。腕を海月のように動かすと粒子が滑らかに動いていく。
 砂の流れに揺られている。ここがどこかというより、これからどこへ向かうべきか、それを考えていた。砂は一定の方向に流れている。いずれどこかへ流れつくだろう。私は何度か瞬きをした後、長く目を閉じた。

 目が覚めると砂の海が消え、私は空港にいた。凹凸がすり減った点字ブロックの上に立っている。そして横には女性がいた。その姿は私の中で薄れかけていた昔の恋人のものだった。消えかかっていた記憶が目の前に再上映されている。私は動くことさえできず、これは夢だと何度も瞬きをした。
 途端に近代的な空港は風化し、砂に変わった。数秒の映像の残映が砂の海に投影されている。次第に弱くなっていく色彩に私は無意識的に小指を立てた。その行動の意味は覚えていない。
 私は乾いた砂の海に涙を零した。砂が数粒だけ湿るように色を変えたが、それ以上はない。そして砂に浮かびながら何度も瞬きをした。せめてもう一度あの輪郭と色彩を。砂面に残る残映でも構わない。あからさまなフィクションでも構わない。限りなく透明になってしまった記憶から一滴、こぼれおちて、もう一度……。
 乾ききった砂の海は延々と続く。これが夢でもそうでなくても。
 

作品名:砂の海で 作家名:晴(ハル)