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詩集【紡ぎ詩Ⅳ】~始まりの季節~

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☆『共感』
 
 今日の夕方、とあるサイトでこんな作者さんの呟きを見かけた。
―コンテストに応募してみたものの、あまりに栞(読者数)が少ないので、迷っている。審査結果に読者数や閲覧数は関係ないとは判っていても、やはり応募作品の中でも下位を争うほどの読者数の少なさなので、自分でも混乱している。
 大体、こんな内容だった。
 咄嗟にメッセージを送ろうかと考えたりもした。
 応募されたという作品を読んでみたが、なかなか本格派の歴史小説である。恐らく、サイトの雰囲気と作風が少し違うのかもしれない。
 私自身、他の書き手のことはいえず、そこではいつも微妙な違和感を感じていた。
 だが、読んでくれる人がいるということで、なかなか離れられずにいたのだ。メッセージにはこう書くつもりだった。
―おっしゃるように審査結果に読者数やPVは関係ないと思います、勇気を出して下さい。 だが、少しく後、私は止めた。
 相手の方が知らない初めての方というのは関係ない。ネット世界では緩く繋がっているから、善意にせよ悪意にせよ、知らない人からメッセージが舞い込むのは珍しいことではない。
 相手もそれは判っているだろう。
 ただ、私自身が過去に、その悩める人と同様のことを考えたからだ。考えた結果、そのサイトから逃げ出すようにして止めてしまった経緯がある。
 そんな私に今更、知ったかぶりでアドバイスなんてする資格はないだろう。
 他の人のことだから冷静にいえるのかもしれない。これが自分のことだったら、また堪りかねて逃げ出すかもしれない。そんな想いが私の行動を止めた。
 私は以前、コンテストに応募して、思うような結果を得られず逃げ出した。自己弁護するわけではないけれど、私の知っている書き手仲間でも何人もの人気書き手があえなく落選してサイトを止めていった。
 ネット小説サイトでは、今やコンテストが流行っている。どのサイトでも審査の過程は逐一サイトで公表され、入賞者ばかりか落選者まで丸わかりだ。
 私は、これに耐えられなかった。駄目だったのは自分の力不足だと諦められるし、時間はかかってもまた次に希望を繋いで、より良い作品を書こうと立ち上がることもできる。
 しかし、「駄目だった」という事実を自分だけでなく、応募者はむろんサイトを覗く不特定多数のすべての人に知られるというのが頂けない。アナログ世代のせいか、やはりコンテスト結果というのは郵送で届き、一人ひっそりと結果を受け止めるものだという考えが強いのである。
 ネット小説のコンテストだから郵送してくれとまでは言わないけれど、せめて個別にサイト経由のメッセージで通告して欲しいとは思う。
 コンテスト規定にも、「読者数や閲覧数は審査に影響しない」と明言されている。恐らく、それは事実なのだろう。
 過去に読者数がかなり少なかった作品が入賞した例も知っている。
 その一方で、最終選考に残った作品が書籍化を逃し、落選した作品が書籍化された例もある。
 審査結果に関係なく「売れそうだ」と見込まれたのかもしれないが、私からすれば、書籍化を前提としたコンテストに落選した作品が書籍化され、残った作品が書籍化を逃すというのは何か不自然なようにも思える。それなら、コンテストそのものに意味がないことになりはすまいか。
 以前、読者さんは言ってくれた。
―あなたが思うほど、読者はコンテストの結果なんて気にしないですよ。見るのは見るけど、「ああ、こんなものか」と思う程度です。審査の結果より自分が読みたい作品、読んで面白い作品を応援します。そんなに気にしないで。
 ありがたい言葉だ。本当に当時は嬉しかった。
 一度はその励ましで踏みとどまれたのだが、流石に二度目は無理だった。
 そういう過去を持つ自分が知ったようなことを言えるはずもない。
 だが、その作者さんの気持ちは本当によく理解できる。
 私としては、「結果は気にせずにチャレンジして欲しい」と言いたいけれど、迂闊には言えないのは、やはり先刻も言ったように自分自身が踏みとどまれなかったからだ。
 ただ一つだけ言えることがある。
 これは何もネット小説のコンテストだけにいえることはではなく、どんなコンテストにおいても「挑戦しなければ、結果も出ない」ということだ。
 挑戦すれば、必ず何らかの結果は出る。それが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知るだ。
が、駄目だったとしても、少なくとも「挑戦していれば、もしかしたら、、、」と期待を抱き続け、後悔することはない。
 その瞬間から、しばらく後までは落ち込むだろうが、いずれ時が解決してくれる。今の時代、コンテストはたくさん行われているから、落ち込む暇があればまた次の作品に取りかかった方が良いと気づくはずだ。
 ただ、「落選を公開される」というのだけは、私は耐えられなかった。あれがなければ、私は今もそこにいただろう。
 その書き手さんが果たして、結果を公開されるということについて、どのような考えを持っているのか判らないだけに、迂闊なアドバイスはできない。
 私のような考えの人なら、重圧に耐えかねて心が折れてしまう可能性がある。私は、そうなると思ったから、心が折れる直前に「止める」という選択をした。
 本当に難しく悩ましい問題だと思う。
 もしかしたら、平気な人もたくさんいるのだろうけれど、現実に止めていった人をたくさん知っているだけに、自分だけが特別弱いというわけでもないのかと思ったりもする。


☆「魔性~曼珠沙華、その気高く美しき花へ~」

細やかな花心を秋のゆるやかな風が
そうっと撫でて通り過ぎる
花心の周囲を縁取るのは細やかな花びらたち
まるで繊細な―職人が丹精こめて少しずつ彫り上げたようなその姿
気品と多少のもの悲しさと儚さを秘めた花
その花たちが咲く一角だけ紅蓮の炎が燃え立つようにさえ見える

曼珠沙華という美しい名を持ちながらも
「死人花」と忌まれる花
何故 そのような禍々しい響きを持つ異名を与えられたのか
墓場で見かけることが多いからだと聞いた
花ひらく季節ゆえに彼岸花と呼ばれるのはまだ理解できるが
「死人花」は どうにもいただけない

けれども 間近でしげしげと眺め入ってみると
その花の纏う少し妖しげな雰囲気に気づく
まるで清楚で無垢な少女が時折見せる危うい色香のような
ハッとするほどの艶やかさを秘めている
もしかしたら
その控えめな妖艶さにほんの少しの畏怖を込めて
不吉な二つ名が与えられたのかもしれない―
もちろん 私の勝手な解釈にすぎないけれども
この自然が作り上げた世にも繊細で気高い花には
そんな摩訶不思議な物語にも似合いそうな気がする

ふっと現実に立ち返る瞬間
気が付けば我を忘れて庭に立ち尽くす
見つめていたのは庭の片隅に咲く曼珠沙華の花たち
やはり 何かしらの魔性を秘めた美しき花なのか
物想いを振り払うかのように小さく首を振り
咲き誇る炎のような花たちの側を
足早に通り過ぎる

私の背後で
妖しき花が身を震わせた
花は気まぐれな秋の風が通りすぎるたびに
かすかに花心を揺らす
まるで男の手のひらに白き肌を愛撫された
汚れなき乙女が恥じらうかのように-

☆「流れる~川辺の秋桜~」

さらさらと