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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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mail and letter from

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『mail and letter from』


 そのメールが届いて読んだ時、柄にもなく浮かれた。
 「何ニヤニヤしてんだ? 早く行かねーと予鈴鳴っちま」
 「悪い、先行っててくれるか」
 「? なんで。次の時間ソトヤマだから最初の出欠いないとやべーぞ」
 「すぐ行くからなんとか取り繕っといて、じゃ」
 「えぇ? おいマジか、名木沢(なぎさわ)」
 待てよ、という友人の声は聞こえたけど、足は止めなかった。可能な限り早足で歩きながら、先ほどのメールに返信を打つ。
 『2限大丈夫。図書館の前に行くから』
 送信が完了するのとほぼ同時に、大学図書館の建物に着いた。象徴的な時計台を真上に、出入口へ続く広い通路の入り口に立つ。
 そして深呼吸をした。いくらなんでも、浮かれているのを外に出してしまうのはまずい。ましてや彼女に見せるなんてことは。先ほどまでは感じなかった夏の初めの暑さが、今頃じわっと肌にしみてきた。
 開きっぱなしのメールを、あらためて最初から読む。
 『おはよう、槇原(まきはら)です。急にメールごめんなさい。
  今、大学にいますか? 用事があって、できれば早く会いたいです。私は2限が空いてるけど名木沢くんの都合はどうですか?』
 それだけの、ごく事務的な内容だというのに、嬉しさがこみ上げて顔がにやけてしまう。彼女からの初めてのメールというのもあるし、これから彼女に会えるのだという点も大きい。そのくらい、最近は彼女成分が不足していると言えた。ここ何週間か、会うどころか見かけることもできていなかったのだ。
 偶然会った1月の自由登校の日、結果的に一緒に映画を観に行ったりした時に携帯番号とメアドを教えておいてよかった、と心から思う。
 ……にしても、何の用事だろう?
 ちょっと聞きたいこと、伝えたいことがある程度の用件なら、電話かメールで済むはずなのに。
 もしかして、という事柄が一番に浮かんでしまうのはさすがにバカだとわかっている。そんな可能性は万にひとつもない。彼女にはちゃんと付き合っている相手がいるし、自分のことを男としては見ていないだろうから。
 ーーにもかかわらず、万にひとつ未満でも可能性を期待してしまうところは、恋する人間の愚かさというべきか。彼女からの呼び出しなんて初めてだから。
 それにこれまで、女子から呼び出される時はほぼ必ず、告白される時だったしーー
 「ごめんなさい待たせて、……名木沢くん?」
 よけいなことを考えていたら、駆け寄ってきた彼女に対応するのが遅れた。自分が来たのとは逆方向、彼女が在籍する文学部方向から来たのは目に入っていたのだが。
 「あ、ああ大丈夫、さっき来たとこだから」
 「ほんとにごめんね、急に呼び出したりして。さっそくなんだけど……」
 と、ためらいながら彼女がカバンから取り出したのは、薄い黄色の封筒。よく手紙に使われるサイズの。
 万にひとつ未満の可能性が、一瞬、それ以上に上がったかのように思えた。だが錯覚であることはすぐに判明した。「友達からなんだけど」と彼女が言ったからだ。
 ーーそりゃそうだよな、当たり前だ。
 自戒と自己嫌悪が混ざった心持ちになった後、感じたのは、少なからぬ複雑な思いである。
 よりによって彼女が、他の女子からの手紙を持ってくるとは。客観的に考えればあり得ることなのに想像したことがなかった。だから余計になのか、ショックが小さくない。
 「演習、ゼミが同じ子なんだけどね。高校から付き合ってる彼女いるよって言ったけど、それでもいいからって。とにかく伝えないと自分の中で納得できないからって……そこまで言われたら、やめた方がいいとか渡せないとか言えなくて」
 最初からの申し訳なさそうな態度を、彼女はくずさない。そんなふうにしなくていい、と言いたかったけど言わずにいた。友達のための行動は非常に彼女らしくて好ましいし、彼女が悪いわけじゃない。
 「だけど渡した後は向こうにまかせるよ、とは言っておいたから。何も返事がなくても文句言わない約束するって。だから、どうするかは名木沢くんの自由でいいから、とりあえず読んではあげてほしいの」
 差し出された手紙を、1秒半だけ逡巡した後、受け取る。
 そこでようやく、彼女がほんの少しだけ、ほっとした様子を見せた。
 「ありがとう、今度なにかお礼するね。そうだ、ちょっと早いけど今からお昼食べる?」
 ものすごく心惹かれる提案にかなり葛藤したが、状況を思い返してギリギリで思いとどまった。
 「ーーいや、そんなのはいいよ。槙原がなんか頼んだわけじゃないし」
 「え、でも」
 「ほんとにいいからーーどうしても気になるなら、ちょっと貸しってことで」
 ちょっと、と言いながら右手親指と人差し指で作った空間に、彼女がくすっと笑った。今日初めて、そして久しぶりに見た彼女の笑顔。
 「わかった、じゃあそういうことにしとくね。実は今からやっときたい調べものあって。ほんとにありがとう、またね」
 そう言って、彼女は自分の脇をすり抜け、図書館の入口へと小走りで向かっていく。その後ろ姿を、学生証での認証式ゲートを通って建物の中へ消えるまで、ずっと見ていた。
 そしてこっそり、ため息をついた。

 読み終えた手紙を見つめ、今日何度目かもはやわからないため息をつく。
 封筒に手早くしまい、放り出しそうになるのを辛うじてこらえ、ベッド脇に近づけたローテーブルに慎重に置いた。
 そうしてからベッドに転がり、天井に向かって大きく息を吐く。
 ……参ったな、というのが偽らざる本音だ。
 手紙に書かれていた内容は、ほぼ予想の通りだった。入学後に構内で見かけた時からずっと好きだったという当人の気持ちと、よければ一度連絡がほしい、断りの返事でもいいから、という要望。便箋の最後には、携帯番号とメールアドレス、LINEのIDが書かれていた。
 申し訳ないが、名前にはまったく心当たりがない。顔を見ても絶対にわからないだろう。知り合ってもいない相手に自身の携帯やらメアドやらを教えない方がいい、と彼女に伝えてもらった方が良い気がする。もちろん自分は悪用する気などないが、世の中いろんな奴がいる。
 そして、どう返事をしたものか。内容ではなく手段の点で悩む。向こうは「好きな相手」だと思うから躊躇が薄いのかもしれないが、自分は違う。LINEはやっていないから(連絡用にID取れ、とサークルの幹部には言われているのだが)省くとして、携帯とメール、どちらとも判断しにくい。……正直、どちらも知られたくはない。
 だが彼女に伝言や手紙を託すことは、もっとしたくなかった。個人情報の注意喚起くらいならともかく、関係のない恋愛沙汰に彼女をもう巻き込みたくないしーーこれ以上、彼女とこの件について、わざわざ話をする気にはなれない。
 なぜよりによって彼女を仲介に選んだのか、とその点については手紙の主を恨めしく思わないでもない。しかし当人にとっては他に思い当たらない頼みの綱だったのかもしれないし、伝えずにはいられない気持ちになるのもわからないわけではないから、面倒には感じつつも突き放すことはできかねる。
作品名:mail and letter from 作家名:まつやちかこ