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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部)

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8.ラーメン行脚・西日本編



「うう、頭痛ぇ……」
「ははは、大丈夫か? 優作」
 三人の中で一番酒に弱いのは、意外にも優作だ。
 ビールを中ジョッキ二杯、それが優作の適量なのだが、話が弾んで五十八度の高梁酒をつい飲みすぎてしまったらしい。
「悪いな、運転できなくて」
「いいよ、まだ二人いるんだ、交代で運転すれば四時間やそこらならどうってことないさ」
「それより、次の店に備えて休んでおけよ」
「ああ、今回一番楽しみにしている店だからな」
 一行の次の目的地は栃木、北関東代表、佐野ラーメンの『まる』が目指す店だ。
 佐野ラーメンは平打ち麺が特徴、その中でも『まる』は麺打ちに青竹を使うことで粘り強い手打ち麺を出していると評判の店なのだ。

「どうだ? 優作」
「ああ、もやが晴れていくような感じがするよ」

 休憩で立ち寄ったパーキングエリアで、優作は普段あまり口にしないコーヒーを飲んでいる、カフェインの力を借りて二日酔い気味の頭をしゃんとさせようとしているのだ。
 今回ラーメン甲子園に出場する店の中で手打ち麺を出すのは自分たちと『まる』だけ、しかも圧延で固い麺棒の代わりにしなやかさのある青竹を使うというのは、麺担当の優作にとっては人一倍興味深い。

「よし、出発しようか、目指すは佐野だ」
 佳範から秀俊へと運転手が交代した車は一路北上して行く。

「ああ、ここだ、ここだ」
「なるほど、麺打ち作業場がガラス張りになってるのか」
「ある意味、自信の表れだな」
 折りしも昼食時に備えて麺打ちの真っ最中、三人がしばしガラス越しにその麺打ちを見守っていると、その様子からただの客ではないと思ったのか、麺打ちをしていた職人がガラス窓を開けた。
「なにか?」
「あ、失礼、我々は横浜の『中華そばや』です」
「ああ……ラーメン甲子園の……」 
 三人がそれぞれ名乗ると、職人も中田と名乗った、店主の名前だ。

「今日は敵情視察と言った所でして……本来なら最初にお声をかけるべきでしたね」
「いや、いいんです、こうやってガラス窓にしてあるんですから、どなたにでも見ていただいて構いません、これが打ち上がったら私も厨房の方に入ります、作業は続けさせてもらいますが、それでも構わなければ少しお話しましょう」
「そう願えれば……では遠慮なく見学させて頂きます」

 小麦粉の配合は見ただけではわからない、しかしかんすいを加えて練り上げる所までは優作の手打ち麺と同じ、かんすいの量もほぼ同じ位のようだ。
 ただし、ここからが『まる』の特徴的なところ、丸めた生地を台の上に置くと、太い青竹を窓下の金具にかけ、青竹に腰掛けるように体重を乗せて、青竹を少しづつ移動させながら麺を延ばしては丸め、延ばしては丸めるという作業を繰り返す。
 この作業は優作も同じようにやる、手でこねるだけよりも腰が強くなるからだ、ただし、優作の場合は青竹ではなく円柱状の麺棒、太さも青竹の方がだいぶ太めだ。
 その作業を終えると、中田は麺棒で生地を延ばし、幾重にもたたんで麺切り包丁で切って行く、優作と違うのはやや幅広に切って行くところ、その分生地は薄めに延ばされているようだ。
 中田は切り揃えた麺を箱に入れると『どうぞ』と言うように三人に頷きかけて麺打ち室のドアを開けて店内に消えて行く、三人も暖簾をくぐって店内へと入って行った。

「あなた方のラーメンも手打ち麺だそうですね、何か気が付く事はありましたか?」
「青竹と麺の形状くらいで……かんすいの加減や手順は同じでしたし、生地の固さも似たようなものだと思いましたが、見た目だけではそこまでしかわかりません」
「そうですよね、やはり食べて頂かないと」
「ええ、それはもう是非」
「その為にここまでいらしたんでしょうからね、光栄ですよ」

「おまちどうさまでした」
 ラーメンが三人の前に置かれる。
「醤油ベースですね」
「ええ、佐野ラーメンには塩味や豚骨もありますがウチは醤油、スープは鶏がらがメインです、あまり細かい所までは言えませんが」
「具もチャーシューにねぎ、メンマ、オーソドックスですね」
「ええ、色々試してみましたが、やはりオーソドックスな所に落ち着きました」
「で、なんと言っても麺ですよね……だいぶ縮れてますが、手もみですか?」
「ええ、スープの絡みを良くしようと」
「若干薄味のスープが良く絡んでます、平打ちなのも効いているんでしょうね」
「味を薄めにすると麺の味や風味が引き立つと思いまして」
「それはその通りですね」
「ただね……必ずしも満足してはいないのですよ、飽きのこない味だという自負はあるんですがね、ラーメン甲子園のように競う場ではインパクトは弱いかなと」
「それまでに改良するということですか?」
「いえ、この味はこの味で馴染んでいただいてますから、基本は変えずにラーメン甲子園用の秘策を……ね」
 中田は不器用に片目をつぶって見せた、その秘策を問うのは図々しいし、マナー違反でもあるだろう。
「秘策ですか、怖いですね」
 優作も少し悪戯っぽく片目をつぶって見せた……中田より更に不器用なウインクだったが。


 佐野を出発した車は一路喜多方を目指している。
「最後の店だな」
「ああ、なんとなく次の『小坊主』は一番の強敵のような気がするよ」
「地元でもあるしな、師匠の言うように食べ慣れた味と言う利点もあれば目新しさがないという不利もあるとは思うが」
「でもな、地域対抗である以上、地元を贔屓したい気持ちもあるだろうしな」
「まあ、ここまで食べて来てわかったが、どこも強敵であることは確かだよ、有利とか不利とか以前の問題さ」


「良い香りだな……」
 目的の店、『小坊主』の前に立つと出し汁と醤油が溶け合った香りが漂っている。
 ラーメン店なら店の前まで香りが漂うのは不思議でもなんでもないが、雑味のない澄んだ香り……それだけでこの店で供されるラーメンの味が一級品であることがわかる。

「いらっしゃい!」
 三人を出迎えてくれたのは威勢がよすぎもしないが、凜とした切れ味のある声だった。
「実は、我々は横浜の『中華そばや』です、ご主人がいらしたら少しお話もしたいんですが」
「ああ、ラーメン甲子園の……私が店主の杉村です、どうぞよろしく」
 年の頃なら四十代半ばか……細身の体を白い厨房着で包み髪を短く刈り上げた、ラーメン屋と言うより板前と言った風情の男だ。
「店の前まで良い香りが漂っていましたよ」
「そうですか、私は始終この匂いの中にいるもので良くわからないんですよ、でも、だとしたらそれは強みですね」
 確かにそうだ、ラーメン甲子園でもラーメンスタジアムと同じルール、同じ価格、同じ大きさのスチロール製のどんぶりに入れたハーフラーメンが何杯売れたか、その数で順位をつける、八軒全てを食べてみての投票ではないのだ、香りで惹き付けられるのは強みだ。
「ところでご注文は? と言っても私のところはデフォルトのラーメンとチャーシュー麺、それぞれの大盛しかありませんが」
「デフォルトでお願いします」
「わかりました、ラーメン甲子園にもこのラーメンで参加しますよ」
「手の内を明かしてよろしいんですか?」
「ははは、手の内も何も、私にはこれしか出来ないんですよ」