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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第一部)

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10.修行



 翌週から、元師範代、元編集長、元店長の三人はどんぶり洗いから修行を始めたが、全く畑違いの食べ物商売、勝手が違うことは半端ではなかった。
 しかし、目標が定まればわき目も振らずに突き進む三人。
 誰かが何かをモノにすれば、『俺も負けていられないぞ』とばかりに強いモチベーションを生む、そして誰かが悩んでいればお互いに解決策を探ろうとする、刺激し合い、補い合う、理想的なトリオなのだ。
 そして、三人で一杯のラーメンを作ろうとするならばコミュニケーションも欠かせないが、その点も全く問題がない。
 三人の修行は師匠が目を見張る勢いで進んで行く。


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「これが今ウチで出してる麺の、小麦のブランドとブレンド表だ」
「いいんですか? これって企業秘密なのでは」
「弟子に隠すことなんかあるもんか、それにな、その通りにブレンドしたからって俺と同じ麺が打てるわけじゃないぞ、気温や湿度で水やかんすいの加え方、圧延の回数なんかも調整しないといけないんだ」
「はい」
「じゃあ、まずは俺がやるのを良く見ておけ」

 森田の麺打ち修行が始まった。
『中華そばや』では、機械打ちではあるが、自家製麺を出している。
 佐藤が全国津々浦々探し回った小麦粉を独自の割合でブレンドし、長年の経験から水分やかんすいを調整している。
 
 しかし、三ヶ月もしてコツがわかり始めると、森田は少し物足りなく感じ始めてしまう。
 確かに他所の麺とは違う美味さ、スープに負けない麺そのものの味と香りがあり、スープとのマッチングも完璧だ。
 しかし、圧延にせよ製麺にせよ、機械を使う……何とか本物の手打ち麺を作れないものか……。
 
「おい、この麺、お前が打ったのか?」
「はい、どうでしょう? 師匠」
「これ……手打ちだな?」
「わかりますか?」
「バカにするなよ、何年ラーメン屋やってると思ってるんだ……だけど、実際のところ、手打ち麺はなかなかお目にかからないんだよな……でもな、手打ちだからと言って美味いとは限らないからな」

 だが、不味かろうはずもなかった、何しろ棒と刃物には子供の頃から慣れ親しんできた森田だったのだから。
 そして、その麺には『気合』も練りこまれているのだ。


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「いいか、スープで一番大事なのは火加減だからな、ぐらぐら煮立てちまうと雑味が出るし、弱すぎてもぼけた味になっちまうからな」
「はい」

 しかし、何でも自分ひとりで完璧に仕上げないと気がすまない佳範のこと、材料の配合を教えて貰いさえすれば、鍋から目を離すことなく、師匠のものと変わらないスープを作ってしまう。
 だが、修行はそこで終わらなかった。

「おい、この麺を見てみろ」
「ああ、それ、森田の手打ち麺ですね」
「やっぱり知ってたか……まだ少し麺の太さにばらつきがあるが、出来はかなりいい、ただな、ウチの麺よりは少しだけ太くて、コシも少し強いんだ、この麺に合うスープはお前が工夫するんだな……」


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 一番苦戦しているのは秀俊だった。
 何しろ料理はほとんどやったことがない、妻を亡くしてからは梨絵が料理を一手に引き受けてくれていたのだ。
 掃除だけは秀俊の役割だったので、閉店後の清掃には戦力になったのだが……。
 レシピは師匠から教わったが、師匠も包丁捌きから全てつきっきりで教えてくれるわけではない。
 最初に師匠が味見をした時は、惨憺たる有様だった
 煮豚の煮方、味付けは教えたとおりだが、厚みはばらばら、厚いものは歯ごたえが強すぎるし、薄いものは包丁で潰れてしまっている、支那竹には照りがなくて太さもばらばらだったので固いもの、柔らかいものが混在している、そして刻みネギは繋がっている有様……まともなのは海苔だけだった、(前途多難だな……)とため息をついたものだった……。

 しかし、ここで秀俊のキャラクターが生きた。
 なんとなくのんびりしたムードの親しみやすいキャラクター、しかも皆が好まない清掃を率先してやってくれるので、兄弟子たちがあれこれ手取り足取り教えてくれるのだ。
 器用な性質ではないが、教えたことは手を抜かずにきちんとやる、憶えが早い性質ではないが、熱意は人一倍あるので、憶えたことは一つ一つ確実にものにして行く。

「驚いたな、三ヶ月でここまで変るとはな……だけどな、このラーメンにはどんな具が合うと思う?」
 師匠が差し出したのは、優作の手打ち麺に、佳範が工夫して醤油を強めに効かせたスープを合わせたラーメンだった……。


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「これか……早速食わせてもらおう」

 修行を始めてから二ヶ月でそれぞれの担当で師匠が納得するものは出来た。
 しかし、それから更に二ヶ月、それぞれが工夫を重ねて進化させて来た。
 優作が手打ち麺を打てば、佳範がスープを工夫し、秀俊が具を工夫する。
 佳範が更にスープに工夫を加えれば、優作がそれに見合う麺を工夫し、秀俊も具の味付けを調整する。
 秀俊が師匠のラーメンには入れていない具を提案すれば、優作と佳範は更に工夫を重ねる……。
 修行に『これで良し』と言う終点はないが、予定した半年目、一区切りつけるために師匠に試食してもらうことになった。

「香りはいいな……鰹節を強めに、煮干と鶏ガラはその分控えめにしたんだな?……ズズッ……うん、優しい味に仕上がってるな、それでいてボケてない……だとすると麺は……前より細くなってるな、しかし、コシはどうだ?……うん、強すぎず弱すぎず……ぷるんとした食感がスープに合ってる、ちぢれは手もみか?……具は?……そうか、スープが優しい分、ちょっと濃い目の味付けにしたんだな……この赤い丸いのは?」
「魚のすり身をダンゴにしたものです」
「珍しい具だな……だが、見た目にこの赤が効いてる、ラーメンってのはつい茶色系に偏るもんだが、アクセントになってるな……」
「師匠、どうですか? 俺たちのラーメンは」
「師匠の味に少しでも近づけましたか?」
「俺の味? 俺の味は俺にしか作れないよ」
「そうですか……」
「これはお前たちのラーメンだ、俺のラーメンを作ってる限り俺のラーメンは超えられない、お前たちのラーメンで勝負するしかないんだよ」
「気に入っていただけましたか?」
「いや、気に入らねぇな……」
「え……」
「気に入らねぇよ……たかだか半年の修行で、俺のと張り合えるラーメンを作るんじゃねぇってんだ。 屋台始めるなら早い方がいいんじゃねぇか? 気持ちがいくら若くたって歳は歳なんだからさ」