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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第一部)

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1.森田家の朝



「えいっ!」
「えいっ!」
「えいっ!」
「えいっ!」

 庭で竹刀を素振りする掛け声が響いている。
 森田家は築六十年を超える旧い平屋の純和風住宅、中心部からはやや外れるとは言え横浜市内、それにしてはかなり広い庭がある。
 森田家はそこそこの旧家なのだ。

「朝っぱらからうるせぇなぁ、おちおち寝てらんないよ……」
「しょうがないでしょ、朝ごはん、食べられそう?」
 妻の久美、はっきりと物を言うチャキチャキしたタイプだが、夫を立てることは人後に落ちない、食事を始めとして家庭内のことは全て優作の好みに合わせてきちんとこなしているのだ。

 長男の健一は中くらいの規模の商社勤め、夕べは接待で午前様だった、父と姉の朝の習慣は良く知っているし、普段なら文句をつけることも無いのだが……。

「ああ、頭痛ぇ……」
「飲みすぎ? それも仕事の内なんでしょうけど、体には気をつけるのよ」
「ああ……わかってるよ……」
「二人が上がってくる前に食べちゃう?」
「うん……ご飯は軽くで良いよ、おみおつけはうんと熱い方が良いな」
「納豆と鮭は?」
「鮭だけ貰うよ」

 健一は柔道四段、高校、大学を通じて県大会では上位に入る猛者、少々の二日酔いくらいで朝食がまるで喉を通らないなどと言うことはない。
 森田家の朝食は和風と決まっていて、おみおつけと納豆は欠かさない、今朝はそれに塩鮭だが、それが目玉焼きになったり鯵の開きになったりするだけの違いだ。

「おう! 健一、起きてたのか」
「なんか締まらない顔してるわね、男ならしゃきっとしなさいよ」

 父と姉が日課である朝の素振りから上がって来た。
 
 父、森田優作、神奈川県警警務部勤務、要するに警察官の教育係、剣道の師範代を務めている。
 頑固一徹、画に描いたような熱血漢、『日本男子ここにあり!』を画に描いたような人物だが、割とおっちょこちょいなところがあり、ちょっと重みに欠けるきらいはある。
 割と身長もあり、年中竹刀を振っているので中年太りとは無縁、切れ長の目をした、いわゆる典型的なしょうゆ顔だが、必要以上にきりっとした眉が印象的だ。
 性格を評して、良く『竹を割ったような』と言うが、竹を割って更に縦に裂いたような性格、天辺から根本まで一直線に筋が通っている。
 口癖は『男だろう?』、『男なら』、『男ってものは』等々、とにかく古風な『男』のプロトタイプを純粋培養したような『男』であることにこだわりを持つ、いや、本人からしてみればこだわりではなく、それが普通で当たり前なのだ。
 
 姉、麻里、県立高校の国語教師、男女混合の剣道部を指導する顧問でもある。
 ハマっ子というよりもチャキチャキの江戸っ子と言う雰囲気、少し小柄な部類だが、かなり小顔なので八頭身に近い、はっきりした目鼻立ち、それに加えてスリムな体型、弟の目から見ても美人だ。
 はっぴにねじり鉢巻で神輿でも担いだら見惚れる男は多いのではないかと思う。
 チャキチャキしているのは見た目だけではない、性格もサッパリとしている、弟からするとサッパリしすぎていてちょっとキツいくらいだ。
 小さい頃、大きな子に泣かされていると、かばってくれるどころか『男でしょ! 何泣かされてんのよ!』と頭をはたかれた記憶がある。
 その事はトラウマに……ではなく、その後の自分の性格形成にずいぶん影響した気がする。
 健一も幼い頃は姉と一緒に剣道を習わされたのだが、中学の時に柔道に転向した、父に対する反発と、剣道では父に追いつけないと言うジレンマがあったのだ。
 しかし、麻里は今に至るまで剣道を続けている、もちろん反抗期がないわけではなかったが、それ以上に剣道が好きであり、娘ゆえに父に追いつけないと言うジレンマも感じなかったのだ。
 当然、腕前もかなりもの、私立の強豪高ならいざ知らず、県立高校の剣道部程度では麻里を負かすような生徒は男子にもいないらしい。
 
 その姉は母にとても良く似ている、性格も見た目も……母の若い頃の写真を見ると、姉は母に生き写しなのだとしみじみ思わされる、姉の写真は剣道着の物が多いが、母のはバレーボールのユニフォーム姿の物が多い、それだけの違いだ。
 
 そして、二人とも父の操縦が実に上手い。
 もっとも、はっきり言って、父の性格はわかりやすい。
 『男でしょ』もしくは『男なら』の一言でたいていのことはカタがつくし、『男と見込んで』とまで言えばほとんどの望みは叶うのだ。
 本人も『男だから』と言う理由で曲がったこと、筋の通らないことは決してしないし、口にも出さない
 そして、女性には滅法優しいから、父を『男』として立てておきさえすれば、ほぼ思い通りに操縦できることを二人は良く知っている。
 ただ、息子たる健一はそうは割り切れない部分もあるのだ。
 ブレない男としての父は尊敬している、一寸重みに欠ける部分もむしろ親しみが持てる、しかし、とにかく融通が利かず、自分の価値観を決して曲げないので、男同士としてはぶつかることもあるのだ。
 それが柔道に転向した理由でもある。
 もっとも、『剣道はやめる、柔道をやる』と宣言した時も、『男ならきちんとやり通せよ』と言われただけ、そんなところは好きなのだが……。