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カミヒトエ

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SF冒険小説には、異次元テクノロジーならぬタイムマシンが折に触れ登場し、その夢とロマンの織り成す未知のスペクタクルに、少年少女たちは心躍らせ、想像力をかき立たせていたものだったが、今や現代のレオナルド・ダビンチと称される一人の大天才の出現によって、完璧な理論の構築と新たなイノベーションの融合により20XX年に待望の実証試験設備が完成したのであった。
しかし、時空に裂け目を作るための途方もないエネルギーとそのコストを考え合わせると、現在わずかに医療分野にのみ集中的に活用されているに過ぎなかった。
だがそのおかげで医療技術は飛躍的に進歩したというか、そうすべての難病や、事故、事件による損傷などは、過去や根源となるみなもとに立ち返ることによって、完璧に治癒するのであったが、例外的に脳だけは蓄積された記憶も消滅するため、その対象から外されていた。
また患者自体が生存し、その検体自体も生命反応を少しでも示している場合にのみ限られるもので、少し以前までは、人工知能ロボットによる執刀や、再生医療が主流ではあったが、今やMRIを小型化したようなシステムを使いプログラムするだけで修復する、そうパソコンがシステム異常を起こした際の、復元機能だと思ってもらえれば差し支えない。
また未来については、無限に分岐している可能性が予想されるため、更なる理論の構築と高度な技術の成熟が待ち望まれるところであった。
新技術の黎明期の頃と言えば手探りによる様々な生き物のテストを繰り返していたようで、いまでは絶滅危惧種に指定されたゴキブリなどは、警戒心も無くなり大手を振って出没する。
そこで絶滅危惧種保護団体には内緒でこっそりとらえ軽く打ち据えると、なにやら足を引きずりだし弧を描く様な状態に陥る、そこを素早く取り押さえて実験するのだが、ものの見事に完治すると言うか、事故以前の状態に戻るので、彼 いやゴキブリはなにやら狐につままれたような面持ちで、完治した辺りをさすりつつ走り去ってしまった。
やがて様々な臨床試験を繰り返し、大量の治験を集積してほどなく所轄官庁の許認可と、国の公費を受けつつ事業はスタートしたのである。また患者とのトラブルを避けるため、今では治療にあたり必ず契約書をとり交わす事が義務付けられているとの事であった。
第一はレセプト設定に関わるもので、公費を受けてはいるものの、高額のランニングコスト故、多面的なアプローチを考慮しての計算となり前納一括払いが義務付けられている。第二は依頼の際、突発的な事象によるトラブル回避のため、如何なる事も包み隠さず正確に申告する事。
第三はもし双方の間で紛争及び見解の相違が生じ解決の糸口が立たぬ場合は、超先端医療事故調査委員会による検証の後の採決に従う事。
以上の取り決めに従い日々様々な事象の治療を重ねているのだが、中には、面白いと言うか、びっくりするというか、小説の種になりそうな事案が度々あったのである。
カルテ1「国からの公費を受けている立場上、ご多分にも漏れずこの超先端医療開発機構にも数名の理事を引き受けているのだが、その内の一人から内々にある個所の復元と言うか、修復、ま、衰えた部分を凛々しかった頃に戻してほしいとの依頼があり、倫理的な問題を抱えながらも、オペは開始されたのだったが、やはりと言うかつまり初歩的なヒューマンエラーが起こり、5年前に戻す前提がなんと50年前まで遡ってしまい、治療の箇所が赤子のそれを見る有様となってしまた。
激怒した理事は超先端医療事故調査委員会に告訴すると捲くし立てたのではあるが、依頼の件自体が神聖な医療行為を冒涜するような行為であり、また証拠物件として各委員達すべてにその存在箇所をさらさなければならず、体面とプライドを重んずる理事は、泣く泣く引き下がられたのであった。
元々機能していなかった箇所ならば、若返っただけでもよしとして、子供の成長を見守るがごとく将来に期待して欲しいとの説得を渋渋承諾したとの事である。なお、この件以来、遅ればせながら入力の際にはダブルチェック体制がとられるようになった」
カルテ2「ある外資系企業にお勤めの二度見するような麗しい女性が訪れ、顔にある僅かなシミを取り除いてほしいとの依頼だったのだが、ペン先ほどのわずかなシミにも気になるものかと、驚嘆したものであった。
申告書には、1年前に出来たものである趣旨の事が記されており、他には何もなしと言う所にチェックが有り、さっそく手術を開始したのであるが、術後の彼女の顔を見て一同大いに腰を抜かした事であった。あの麗しの美女があろうことか別人に変身していたのであった。
ビッフォー アフターを逆目にいくようなもので、一番腰を抜かしたのはやはり彼女で、うったえてやると激昂されたのだが、超先端医療事故調査委員会による審査の結果、半年前に受けていた美容整形の事実を隠しての治療を受けた事、ならびに提出した申告内容に偽証があり、また再び美容整形で復元できる事などを考慮し、却下されたのであった」
カルテ3「けたたましいサイレンの音とともに、急きょ運び込まれた患者は、高層ビル最上階から覚悟のダイビングを果たしたのだが、低層階テナントの張り出した布製ヒサシに体をかけて、バウンドしながら街路樹脇に止めてあったワゴン車の天井に落下し、奇跡的に一命を取り止めたとの事であった。
直ぐに時間を算出し、この場合は例外規定に基づき、申告書の記入は術後にすると言う事で治療を行った結果、全身打撲とあざだらけであった体が、見る間に回復していく様子を、見なれているはずの担当医師達も、神の領域に達した感のあるこの装置に畏敬の念を覚えるのであった。
さて、死の淵から蘇った患者は、中々世に容れられない不遇な小説家で、だいぶ以前から創作活動に行き詰まりを感じ、短編ストーリーのネタにさえ貧する有様で、それを絶望視しての今回の行動だったのだが、人生とは不思議なもので屋上から地上めがけて滑るように落ちていく瞬間の心の有りようや、体全身を包み込む鳥肌が立つような恐怖心を、記憶を辿りながらも文章にしたため、体験談として出版したのであった。
もともと唯美な美文に装飾的な表現力はファンの間でも根強い支持があり、それに実体験の伴う強烈なリアルさが加わって、瞬く間にベストセラーとなったのである。まさに絶望と希望は表裏一体紙一重のごとしであるかのように。」
作品名:カミヒトエ 作家名:森 明彦