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6.九条


「憲法9条で守られてきたのは実は自衛隊だった。」
 毎日新聞のネットニュースで見掛けた記事だ。
 そう語ったのは、記者と親しい陸上自衛官の将官OBだという。将官というのは、他国の軍隊でいうところの大将、中将、少将など、簡単にいえば「将軍」を務めた人、ということになる。
 記者の経歴にも私は驚いた。防衛大学校を卒業して記者となったそうだ。かなりレアなのではないか?と、個人的には思う。その人物は55歳。その記者と親しいという元将官もそれなりの年齢なのであろう。同窓生かどうかまでは記事も語ってはいなかったが、少なくとも青春時代の貴重な4年間を、夢や希望、不安を抱きつつ同じような境遇で過ごし、学んだ2人は、それぞれ別々の長い道を歩んでもなお親しいのであれば、記者に対してとはいえ、その発言に飾りや偽りはないであろう。
「憲法9条で守られてきたのは実は自衛隊だった。」
なるほどね。と思った。
 これまで、幾度となく政府によって「非戦闘地域」と称される地域へ派遣されてきた自衛隊は「憲法9条」によって、戦闘に介入させられずに済んできたといえるのではないだろうか、アメリカにしても国連にしても、憲法を破ってまで武力行使しろとは言えないからだ。だから何が起きても戦闘に介入させられる恐れはなかった。「9条を守らねばならない」ことが、他国とは異なり堂々と戦闘をしないことを許され、結果として自らを守ることになっていたのではいか。
 だから政府が「9条」の解釈変更により集団的自衛権行使容認を進めていることが、今後どのようになるのか、非常に心配なのである。
 さらに心配なことがある。それは「周辺各国への配慮」という名の遠慮だ。つまり日本がやること為すことに様々な難癖をつけてくる特定の国々を「刺激しないように」という遠慮だ。これは自虐史観と並んで独立国家であるはずの日本を自主的に危機に陥れる悲しい戦後日本の習性である。
 「遠慮」のエスカレートは、戦後初めて陸上部隊を海外派遣することとなった1993年のカンボジアPKO派遣の時に人命を脅かすかに至った。と私は感じた。初めての派遣に「武器は何を持っていくか」という事が国会で議論となったが、その中心は、口径7.62mmの軽機関銃を「1丁にするか2丁にするか、」だったのである。戦闘に介入させられることはなくても、攻撃を受ける可能性はある。政府のいう「非戦闘地域」は非武装地域ではない。武器を持っている人がいるかもしれない地域だ。ゲリラの存在に至っては、政府軍相手に戦ってきたのだから、全くもって安全ではない。と私は思った。
「はっ?」
当時は、まだ学生だった私の「感想」がこれである。仰る通り感想と呼ぶにはあまりにも中身が無さすぎる。初めて海外に自衛隊員を派遣するのになんてお粗末な。。。安全な非戦闘地域に派遣すると言いながら、携行武器の議論をすること自体がお粗末であり、そもそもそんなに「安全」なら、自衛隊を派遣する必要などないのである。国家事業としての「復興支援」として、土木建築を主体とする共同企業体に発注すれば良いのではないか?それが出来ない理由は?自衛隊が適任だから?なぜ適任なの?土木建築だけではなく、戦闘についても訓練を積んでいるからだとハッキリ言えない。全くお粗末である。。。戦闘能力があるからいざというときを考えて自衛隊を派遣する。ということなんだろうな。。。誰にでも分かる理屈である。だからハッキリ言えばいい。
「非戦闘地域とは言っても、戦闘が終了しただけ、調査したけど何があるか分からない微妙な地域だから、戦闘もできる自衛隊に行ってもらうのだ。」
と、それがハッキリ言えない政府はお粗末だし、明確にしなかった(できなかったのか?)日本は、国家としての体をなしていない。
 その辺に蓋(ふた)をしてしまい、お茶を濁すから「軽機関銃を1丁にするか2丁にするか?」の議論になるのだ。国会議員の給料がいくらだか知らないが税金の無駄ではないか。
 リスクを明確にして議論をすれば、考えられるゲリラから隊員を守ることができる装備、即ち、ゲリラと同等以上の装備を真剣に議論できたのではないか?当時学生だった若輩者の私には、「大人の事情」など知る由もないし、今でもそう思う私は、子供なのだろうか。。。
 相手を多少上回る装備でも、自衛のためならば、当然必要なのではないか。堂々とすればいい。そもそも自衛隊は、日本人から見れば「日本を守るため」の組織だが、海外から見れば「軍隊」である。武器を運用して当然。なのである。攻撃されれば守るために武器を使用する。それはまさに専守防衛の具体的な形なのではないか?攻撃をされそうでも、撃たれるまでは自ら攻撃をしないことが、他の軍隊と違う。それでいいではないか。未だにそう思う。
 だが、当時の議論の結末は違っていた。明らかにゲリラに劣る装備でありながら
「戦後初めて陸上部隊を海外派遣する。という観点から国内外の刺激を抑えるためにも軽装備のみ」
となったことは、お粗末ここに極まれり。と思う。政府によって、「何かあったら死ぬ」ことが確定されている装備しか持たせなかったのである。
 かつてハイジャック犯の言いなりになって要求を飲んだ挙句、「命は地球より重い。」と発言する首相がいたが、あれは何だったのか?
 私は思った。
 自衛官の命は軽いのか?
 と。。。
 自衛官の皆さんは、任務のために死ぬことは覚悟しているのかもしれない。が、その命を「日本のため」という本来任務とかけ離れた任務で、しかも遠い異国の地で、政府によって、十分な武器もなく自分達を守り切れずに命を落とす。なんてことが納得いくのだろうか?家族の方のお気持ちはいかほどか。。。

 当時、私が「遠慮」は間違いだった。と政府が気付いたのではないか?思わせることがあった。それは、従来のF-4EJ「ファントム2」戦闘機を改修した能力向上型のF-4EJ改という戦闘機の仕様についてのある決定だった。当時、F-15J「イーグル」が主力の座につき、それ相応に旧式のF-4EJを近代化するうえで決定された仕様の目玉にF-15Jと同世代のF-16戦闘機と同じ新型レーダーを搭載するとともに「爆撃コンピューター」の搭載を復活させたのだ。なぜ「復活」という表現を使うか?それは1970年初期に遡るが、次期戦闘機としてアメリカ製のF-4Eファントム2戦闘機を採用する際に、周辺各国に気を遣いすぎた政府は、頼まれもしないのに「爆撃コンピューター」や「空中給油装置」を取り外した仕様でF-4EJとして採用したのだ。ベトナム戦争で空中戦に爆撃にと、マルチに活躍した当時最強のF-4E戦闘機の機能を、自ら外すという「大遠慮」をしたのだ。日本が気を遣った周辺国のうち、韓国は、同じくF-4をアメリカから購入したが、アメリカ空軍の中古も含めて当然、フルスペックのF-4を導入した。ちなみに導入数も日本より遥かに多い。
作品名:モバイル艦隊 作家名:篠塚飛樹