小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

真・平和立国

INDEX|4ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

2.白い鳩


 コックピットに礼を言った古川が、大きく開かれた機体後部に向かうと、既に最後のコンテナが、ゆるい下り坂のように延びたスロープを下り終えるところだった。
 設計が古いのにもかかわらず、低い地上高と、尾部が左右に開くランプ扉に、貨物室床から地上へ伸びるスロープを設けたC-130輸送機の特徴は、そのまま現代の輸送機のスタンダードとなっている。
「Good Luck!」
 古川の肩を軽く叩きながら、駆け出したアメリカ兵が、そのコンテナの隣をすりぬけるようにして次々と外へ出ていく。
 機外の陽光を受けた彼らの茶色とベージュを基調にしたはずの砂漠迷彩が眩しく見え、砂漠の陽の強さを実感させる。
「カンザバルへようこそ。」
 コンテナに続いてランプから降り立った古川に日焼けした顎髭(あごひげ)の男が声を掛けた。大きく明朗な日本語は、不釣り合いな景色の中でも懐かしさを感じる。
「カンザバル派遣隊司令、佐々木です。遠いところ御苦労様です。」
 差し出された手を握る古川は、その力強さと日に焼けて黒い外見に比べて意外に柔らかい感触にその人の包容力を感じた。
「お世話になります。古川です。」
「先生の本は、何冊か読ませて頂きました。ここで見たこと、聞いたこと、何でも書いてください。さ、こちらへ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
 軽く頭を下げた古川を、案内して歩き出した佐々木は、思い出したように立ち止まった。
「あ、もし本にした時には、私にも1冊送ってください。サイン付きでね。」
 屈託のない笑顔に久々の戦場という緊張がほぐれる。
 集団的自衛権の容認以降、初の海外派遣となったこの地に対する取材要請は殺到していたが、政府は戦場での取材経験を始め、様々な制限を設けて渡航を拒否していた。マスコミの批判に言葉を濁してしているが、要するにこれまで以上に危険、ということだ。派遣先についても「戦場」という言葉こそ使わないが、一方で「安全」という言葉も聞かない。そんな中で、古川は審査をクリアして派遣記者第1号となったのであった。
 そりゃあ緊張もするだろう。しかしこの司令は、さすがだ。緊張しているのを見抜き、しかも瞬時に緊張を解いてくれる。
「はい。もちろんです。」
 古川は、満面の笑みで応えると、テレビで見ていた自衛隊提供のニュース映像の印象とは違い、これといって特徴の無い中肉中背の佐々木の迷彩服の背中に続いた。
 防暑服4型改と呼ばれているその迷彩服は、猛暑の中でも行動しやすいように通気性のよい素材を使用し、生地も薄くしている。また、日の丸のパッチも取り付け可能となっている点までは従来の防暑服4型と同じだが、基本的に国内の部隊で使用されている緑を基調とした「砂漠なのに緑っぽい」従来型に対して、防暑服4型改は、米軍のような「本気」の砂漠仕様の迷彩になっていた。
 これは、2003年にイラクに復興支援で派遣した際は、治安維持をメインとする他国軍に対して日本は「復興支援に来た」という意思表示を明確にできること、他国軍と間違えられて攻撃されることを防ぐことを目的に、あえてイラクの砂漠では迷彩の用をなさない「緑っぽい」迷彩を使用していたのとは対照的な事だった。つまり集団的自衛権行使容認により、今後は自衛隊も治安維持活動を含めて他国軍と共に武力を伴う活動を行うこと明確に示唆しているといえる。確かに武力行使を伴う活動中に自衛隊だけ目立ってしまっては他国軍にとっては迷惑だ。このような戦場での迷惑行為は、即人命の損失に繋がる。今後、戦闘状態を覚悟した自衛隊としてもプライドがある。
「目立つ迷彩服で来やがって、日本人は戦場を知らない。パーティーじゃないんだぞ。」
 といった言葉を浴びせられ他国から冷たい目で見られることはもうない。
 それでも、この土地の風習に合わせて顎髭(あごひげ)を生やす佐々木司令に、「現地の理解を得ながら活動したい。」という思いが、平和維持活動や復興支援など海外派遣で脈々と受け継がれ、今や自衛隊の文化として定着しているであろうことを古川は感慨深げに思いながら、その人懐こくもみえる背中を追う。
 汗ひとつない佐々木の背中と違って、自分の背中にじっとりと汗が滲んでいるのを感じていた。彼の身体のように慣れて行くんだな、この身体も、そして、この迷彩の色もいつしか国民の目には普通に映り、駆け付け警護や治安維持などで相手に向かって武器を構える自衛官をニュースで見ても何も感じなくなる。そう慣れて行くんだ。きっと、それはもはや遠い未来のことではない。
 それが今迫る現実だ。
 佐々木に続いて司令部の入り口に足を踏み入れる前に、古川は駐機場を振り向く。
 それにしても、、、よくここまで揃えたもんだな。
 古川は眩しそうに眉間に皺を寄せながら自分をここに運んでくれたC?130Hを見つめた。その垂直尾翼には、新設されたばかりの航空自衛隊初の即応部隊である第10航空団所属機共通の白い鳩の部隊マークが描かれていた。

 集団的自衛権の行使容認により、任務の幅が広がることを見越した政府は防衛省・自衛隊との調整を重ね、海外派遣や、周辺有事に即応できる機動性と、補給から整備、戦闘まで単独で行動可能な自己完結型の専任部隊を陸・海・空でそれぞれ設けることとした。これにより急遽防衛計画が見直され「主体的防衛大綱」として新たに定められることとなった。
 これに伴い航空自衛隊では、即応専門の航空団を第10航空団として新設した。この航空団には、対航空機から対地・対艦攻撃まで各種戦闘を担当する戦闘機部隊2個、脱出したパイロットの救難や軽輸送を任務とするヘリコプターと観測機からなる救難部隊1個、そして物資・兵員輸送を主任務とするC−130H輸送機で構成された輸送飛行隊1個そして整備、事務、糧食、対空警戒部隊などの地上支援部門からなる。これまでは国内を地域で分担して防空を担当する航空団と用途別の航空団が設けられていたが、この第10航空団は、各種飛行隊と地上支援部隊を指揮下に置き、すべての任務に対応できる初のミニ空軍とでもいうべき組織となった。
 武元達が所属する第471飛行隊は、この第10航空団に所属しており、第10航空団に最初に配備が完了した部隊である。その他の部隊はまだ国内で編成中である。最初に輸送機部隊が配備されたのは、その任務が最も海外で必要とされていたことや、従来の海外派遣活動で経験があったから、といった運用面での事情もあるが、何よりも、C−2輸送機の配備により余剰となったC−130H輸送機を第10航空団に回すことが出来たことが大きい、この背景には廃棄するはずだったC−1輸送機に臨時予算を使って寿命延長改修を行い、C−130Hに置き換え予定だったC−1飛行隊の機種改変延期がある。
 最も困難を極めたのは戦闘機部隊と第10航空団の基地問題である。
作品名:真・平和立国 作家名:篠塚飛樹